第12話「きっかけ」
秋が深まり、夜の風がひんやりしてきた頃。
店内は、いつもより少し熱を帯びていた。
小さなステージ。
常連が数人、前の席でペンライトを振っている。
奥では、静かに見守るだけの客もいる。
その中心で歌うのは──星野みらい。
もう、Atelier Étoileの看板キャストになっていた。
みらいが歌っていたのは、エトワールの定番曲。
ライブ終盤を必ず締めていた『流星エトワール』。
華やかさではなく、丁寧さのある歌声。
大きくは動かない。
でも、表情はちゃんと前に向いていた。
カウンターの端で、それを見ているひかりは、
どこか懐かしそうに、ゆっくり瞬きをした。
「……まだまだやな」
小さな声でつぶやく。
けれどその表情は、柔らかくて、少し誇らしげだった。
曲が終わって店内が落ち着いた頃。
ひかりはグラスを片づけながら、みらいに声をかける。
「おつかれ。今日のステージ、よかったで」
みらいは、肩で息をしながら小さく笑った。
「いや……まだまだ緊張します」
「そうなるわな。うん、でもええステージやったよ」
ひかりは、そのまま続けず、少し間を置いてから話題を変えた。
「そういえばな、ちょっとみらいに話があるねん」
みらいは姿勢を正す。
ひかりは、店の奥の方に視線を流しながら言った。
「店と提携してる『Aurora』って芸能事務所、知ってるやろ?」
「……名前だけは」
「うち、昔そこおってん。でな、その事務所から年始の宣材──振袖の撮影の仕事が来てるんよ」
みらいは目を瞬く。
「芸能事務所……のお仕事、ですか?」
「うん。せやけど、ガチの芸能仕事って感じでもないで。
うちの店との提携の一環みたいなもんやし。
みらいのこと、ええと思ってくれたみたいでな」
ひかりは、押しつけがましくない声で続ける。
「仕事の幅広げるんは、悪いことちゃうと思う。
なんかの、きっかけになるかもしれんし」
みらいは、しばらく考えた。
視線が、ステージの方へと泳ぐ。
スポットライトの余韻だけが薄く残っている。
「……わかりました。やってみます」
そう言った声は、思った以上にしっかりしていた。
「うん。ほな、決まりやな」
ひかりは、軽く笑う。
それは“背中を押す”でもなく、“導く”でもなく。
ただ、みらいが自分で選んだことを、静かに受け止めている笑顔だった。
ステージの光を見つめながら、みらいは胸の奥でつぶやく。
「きっかけ……か」
不安もある。
でも、それ以上に少しだけ楽しみだった。
夜の空気は、もう冬の気配を含んでいた。




