第10話「約束」
エトワールが少しずつ形になってきた頃。
ライブの段取り、立ち位置、MCの流れ。
自然と全体を見て動くようになっていた。
「大丈夫やって」
「私が何とかするから」
姉御肌で、口も達者で、メンバーからもスタッフからも頼られる存在。
それが、当時18歳の白石ひかりだった。
でも、恋愛だけは、ずっと遠かった。
中学、高校の頃に、なんとなく付き合った男子はいた。
手をつないで、一緒に帰って、それで終わる。
深く踏み込む前に、気づいたら距離ができて、そのまま自然消滅。
「こんなもんやろ」
そう言っていつも笑っていたけど。
本当は、どう距離を縮めたらいいのか分からなかった。
そんなひかりがアイドル活動を始めてから一番そばにいたのは、メンバーでもファンでもなく、マネージャーのもりっちだった。
レッスンの合間。
移動の車の中。
夜遅くの打ち合わせ。
「今日は、どうやった?」
その一言を、誰よりも自然にかけてくれた人。
不安を言葉にすると、否定せず、急かさず、ちゃんと聞いてくれた。
「今はな、焦らんでええ」
「ひかりは、ちゃんと前に進んでる」
その言葉が、どれだけ救いになっていたか。
ひかり自身、その時はまだ気づいていなかった。
ただ、一番頼れる大人だった。
それだけ。
それから4年。
エトワールの解散が決まった日。
書類上の理由も、大人の事情も、ひかりは理解していた。
でも。
——まだ、やりきってない。
その気持ちだけが、胸に残った。
控室の隅で、一人で耐えていた。
泣くつもりなんて、なかった。
「リーダーやし」
「最後まで、ちゃんとしてなあかん」
そう思っていたのに。
もりっちが、何も言わずに近づいてきた瞬間。
張りつめていたものが、一気に切れた。
ひかりは、自分でも驚くほどの勢いでもりっちに抱きついた。
声を上げて、初めて、大泣きした。
「……悔しい」
「まだ、できたのに」
肩に顔を埋めて、子どもみたいに泣いた。
もりっちは、逃げなかった。
抱き返しもしなかったけれど、離しもしなかった。
ただ、静かにその場に立ち続けてくれた。
泣き声が落ち着いた頃、ひかりの頭の上で、低い声がした。
「君の輝ける場所を」
「必ず、また作ってあげる」
ひかりは、顔を上げられなかった。
その言葉が、あまりにも真っ直ぐで。
その瞬間、胸の奥で、何かが変わった。
——あ。
頼れる大人じゃない。
——この人が、好きだ。
それは、衝動でも、憧れでもなく。
安心と信頼が、静かに愛情に変わる瞬間だった。




