7話
セーレと旅をして、一週間が経った。
マークは「彼女のこと」が少しだけわかってきた気がしていた。この日記は、見つかれば燃やされそうだと判断し、こっそりと書かれている。ここには、彼女の「特徴」が記されていた。
その一、道に迷うことが多い。
「方向音痴の度合い」が異常だ。昨日など、「あっちよ」と指差した先が崖だった、ということも普通にあった。
――マークがいなければ、どうなっていたのか分からない。
その二、名前を覚えてくれない。
出会って一週間と少し。未だに名前ではなく「こいつ」や「あんた」と呼ばれている。これも呪いの制約なのかと疑っている。
――怪しい。もしかすると、相当な天然なのかもしれない。
その三、食べ物や着る服に無頓着。
女性らしい振る舞いや所作が皆無で、本人もまったく気にするそぶりを見せない。美人でも許されないことはある。
――髪の色が変わると、性格も変わればいいのに、とマークは思っていた。
その四、彼女の能力は精神に干渉するもの。
これは推測だが、「洗脳の類」だと思われる。相手を意のままに操る力だ。
――ちなみに、手を前に出す英語の詠唱は、ただの演出らしい。
その五、彼女の力の源流は月と深く関係している。
月光を浴びて力を蓄積し、それを少しずつ使っているようだ。ストレス解消にもなっているらしい。
――充電式の狼女か、とマークは内心で突っ込んだ。
その六、彼女はどこか優しい。
死者を蔑ろにせず、操った相手にも最低限の敬意を払う。根は素直で、祈る姿に嘘がない。
――決して、絶対的に強い女性ではないのだろう。
「ちょっと、あんた。いつまで起きてんの」
「何だ起きてたのか」
セーレは薄暗い中、目を凝らして文章を読もうとした。
「ん……何それ……」
「あ、これ……えっと……そう、献立表を書いていたんだよ。料理もバリエーションが多い方がいいと思って」
マークは左手で日記を包み隠した。
「そう、明日も早いんだから、早く寝るのよ」
日記は鞄の中へしまわれた。その鞄は、旅の途中で皿洗いや宅配の日雇いをして購入したものだった。
何をしているのだろう、とマークは思った。
後先を考えず、セーレの旅に同行してしまった。彼女は元囚人で、金銭的余裕などない。街に着けば日雇いをし、野宿が当たり前の生活だ。
広い部屋や、虫の少ない場所で眠りたい。今戻れば――しかし、あの町はもう捨てた場所だった。
そう自分に言い聞かせ、マークは眠りについた。
◆◇◆◇
「ハハハ……」
「こんな、満月の日に来るなんて、ずいぶん運の悪い人達ね」
笑い声が聞こえた。
夢と現実の区別がつかないまま、マークは体を起こす。そこには、訪問者と歪み合う綺麗な女性の姿があった。
「何だ、もう朝か……!? こいつ等、何なんだよ!!」
マークは完全に覚醒した。
十五人以上の黒衣装の集団が、二人を取り囲んでいた。
「さぁ、お迎いに上がりましたよ。我が洗脳の女王セーレ様」
白髪頭の七三分けの男が、蛇のような目でセーレを見据えていた。
「誰なのよ? 私は、あなた達のことなんか、知らないのだけど」
「そうですね。偉大なる力を持つ貴方様が、下々の信者を知るはずも御座いません。我らは、セーレ様を崇拝する見えざる優勢思考です」
セーレは思考を巡らせ、やがて思い当たった。
「優勢思考? まさか……あなた達は笹人か。なら手加減は一切できないわね」
白髪は銀へと変わり、臨戦体制に入る。
「冷静になって下さい。我等が仕掛けた四人の使徒がお気に召さなかったのですか?」
「そう。彼等はあなたの差金だったのね」
紅の瞳に、軽蔑と嫌悪が宿る。
「貴方様の願いは、首だけになって、我らと共に祈り続けること」
「そんなこと望んでないわ」
七三の男が手を翳す。
「動きを止めよ。Freeze!」
体の自由が奪われた。
「素晴らしい拘束力……ですが、なぜ呼吸を止めないのですか?」
不愉快だと、セーレは思った。
「記憶を読んであげるわ……えっ……!?」
「読めませんねぇ。我等には加護があります」
跳ね返されるように拘束は解かれた。マーク驚くもセーレは動じなかった。
「そんな。月が出てる時の力を……」
「さぁ、導きを与えてあげるわ」
拳が天に突き上げられる。
「神罰を与えてあげる! Punishment of sin」
信者達は次々と爆散し、残ったのは五人だけだった。
「まだやるの?」
「いえ、今宵は引きましょう」
去り際、七三男は言い残した。
「あぁ、また貴方様の顔が見られて幸せで御座います」
その言葉を最後に、笹人達は夜の闇へ消えていった。
伝えるや フォローも星 作者へ
読むだけでは足らず、作者の励みになりません。どうか勇気づけると思っての願いを読んだ句です。




