6話
「忘れ物もなし」
「アンタの顔はもう二度と見たくないね。さっさと行ってくれ」
ヘーゼルは手をぷらぷらとさせ、セーレの顔を見ずに横目で視認した。
「一緒に戦えないのは残念だけど、それがあなたの選択なら私は、その意見を尊重します」
「何だい、柄にもない言葉なんて使ってよ」
「うふふ、どう? 知的に見えた。じゃあね、ヘーゼル。体には気をつけてね」
「お前も気をつけることだね」
右足を掴む可愛らしい少女が手を振った。
「じゃあね、黒髪の綺麗なお姉ちゃん」
「ありがとう、ミーアちゃん。さようなら」
セーレの旅が始まった。ここが最初の一歩だった。まだ見ぬ戦いと出会いが、彼女を待っている。
――そう言わせる間もなく、声が飛んだ。
「ちょっと待った。歩くの早いよ。待ってよ、セーレ。やっと、ヘーゼルさんからの治療終わったのに、何で、先に行っちゃうんだ」
「どちら様?」
「名前覚えてよ、マークだよ」
「もー、しつこいわよ! いつまで着いてくるつもりなの?」
「それは、暫く君と旅を共にしたいんだって、あれいない。待ってくれ。着いてくるなって言っても、着いていくからな」
マークはセーレの後に続くように、追走した。
◆◇◆◇
「ふぅ、しつこいわね。もー、いいわ。勝手にしなさい」
「そうか。宜しくな、セーレ」
ふいに、マークは右手を前に出した。
「その手は何?」
「何って、握手だけど」
「ヘーゼルの家まで、連れて行って、もらったことは感謝するわ。けど、そこまで、あなたと馴れ合うつもりはないのだけど」
マークは納得した様子でポケットから地図を出し、広げた。
「次の目的地は、ここの赤印」
「そうね……ちょっと待って。まだいたのね。そこの草むらで様子を見ている一人、出てきなさい」
観念したのか、黒衣装の男が現れた。
「あなた、暑そうな格好ね。その服、暑くないの?」
「お前が見えざる断罪者セーレだな?」
セーレは知らん顔をし、何も返事をしなかった。
「おい、何とか言ったらどうなんだ?」
「人違いじゃないかしら、私は黒髪で黒目です。何かの間違いではありませんか」
「嘘をつくな、私は見たんだ。あの筋肉婆さんとお前が一緒にいて、その時は銀髪と赤い瞳だった」
セーレは目を閉じた。どうやら見られていたようだと悟る。
「見られていたか…なら手加減なしね。もう怪我も治ったし私の力も全開よ」
セーレはマフラーを取り、髪は黒から白、そして銀へと移ろい、瞳も赤へと変わった。
「残念だけど、貴方の記憶は消させてもらうわ。まずは動きを止めよ。Freeze!」
「ぐっ……何だ、この力は。まったく動けない。先輩方はあんなに動けていたのに」
拘束は完了していた。能力も回復し、万全の状態だった。
「さぁ、終わりよ。貴方の記憶を消させてもらうわ。邪念を払え。Memory erasure!」
「ぐっ……そんな……」
「そう、昨日死んだのは、イールとエイトっていう名前なの。名前がわかって、良かったわ。ありがとう」
黒衣装の男はその場に倒れ込んだ。セーレの髪は再び白髪へと戻った。
男の衣装を脱がせ、木の影まで運ぶよう指示を出す。それに従い、指定された場所へと移動させた。男の顔を見ると、マークと同じくらいの年齢に見えた。
「コイツも今日から無職か、俺と一緒だな」
「ちょっと、ふざけてないで、木の影に置いたら、さっさと、この場所から移動するわよ」
元いた場所から五百メートルほど離れた地点で、二人は立ち止まった。
「ちょっと作業するから、周囲を見張ってて」
「わかったよ」
セーレは左手の蛇の刺青に触れた。一冊の本が現れ、それを開き、備え付けのインクペンで名前を書き込む。
「イール、エイト。あなた達の死は、無駄ではありません。私も祈ります。どうか安らかなるときをお過ごしください」
本を地面に置き、目を閉じて合掌する。五分ほど同じ姿勢を保ち、祈りを終えると、本を閉じて再び左手を押し当てた。瞬く間に本は消失した。
「セーレはいつも祈っているのか?」
「見ていたのね」
「あぁ、ちょっと気になってな」
祈る姿が様になっていた。その様子が気になり、マークは問いかけた。
「いつもではないわ。名前がわかったときだけ、祈るように決めているの」
「なぜ、祈るんだ? 君は言論の自由を勝ち取るため、多くの死と向き合ってきたはずだ。悪人に狙われるのは慣れていると思うし、はっきり言って全部祈っていたら疲れないか」
セーレは可愛らしく微笑んで答えた。
「ふふふ」
「え……可笑しなことを言ったか……」
「いえ、あなたの言っていることは正論よ。でもね。私はあなたが思っている程、強い人間じゃないってこと」
マークは困惑した表情を浮かべた。
「それって……つまり……」
「えぇ、話は終わりってこと。さぁ、次の目的であるクライの研究所まで向かいましょう」
セーレは立ち上がり、迷いのない足取りで真っ直ぐ歩き出した。
「道、間違えてるよ」
「もん、たまたまよ。指摘するなら、あなたが先導しなさいよ」
「はいよ、先導しますよ」
マークは彼女の前に立ち、地図を広げて歩き出した。
「そういえば、ヘーゼルさんの家は、どうして迷いなく行けたんだ?」
「それは、彼女特有のオーラを追っただけ」
「オーラ?」
「そう。あの家、霧を生成していたわよね。あれが、私達だけが見ることができるオーラなの」
「ヘーゼルさんは最初から仲間を治療するつもりで……」
「そうよ、聞かん坊なのよ。あの魔女は……さて、話は終わり。無駄話してる時間はないわ。先を急ぎましょう」
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