21話
「アーネスなの……? それに…あの罪人と呼ばれる彼はどこかで、見たような……」
セーレはその場で硬直していた。
マークとビィシャアが話し掛けていたが、その声は彼女には届いていない。頭の中を巡るのは、ぼんやりとした記憶だった。
「誰かと過ごしたであろう」大切な時間。それを思い出そうとするたび、顔にはモザイクがかかったように輪郭が失われ、記憶は曖昧なまま掴めない。
「もん、何なのよ――!」
「どうしたんだ、セーレ? 急に頭を抱えたと思えば、今度は叫ぶし情緒不安定になったのか?」
「ごめんなさい。良かれと思い、ママに合わせたのがいけなかったかしら?」
二人は心配そうな表情で、セーレを見つめた。
彼女は無用だと言わんばかりに、手でそれを制した。
「次の目的地は、決まったわ」
「ん……どこにするんだ?」
マークの問いに対し、セーレは視線を向けた。その先にあったのは、あるモニターだった。
「あのモニターに映る王城よ」
画面には、黒髪で穏やかな雰囲気をまとった男性の姿が映し出されている。モニター越しに演説を行っているのは、アーネスだった。
セーレは、彼の真意を確かめるという決意を固めていた。
「王城、ここからだと百キロ先になるけど」
「構わないわ、私は王城に行かなくてはならないの」
「どうして、王城に拘るんだ?」
マークはビィシャアに地図を渡し、王城への道筋を赤ペンで書き込んだ。その上で、セーレに理由を尋ねる。
「それは……あの放送を見て確かめたいと思ったから」
「何を確かめるんだ?」
セーレは一瞬言葉に詰まり、それからはっきりと口にした。
「それは、私自身の記憶に関係すること。それにアーネス……過去に言論の自由を掲げた統率者の真意を確かめたいの」
マークはひとまず納得した様子を見せたが、胸中には一つの引っかかりが残っていた。
「そうか、わかったよ。それと……」
「それとって何よ」
「いや、あのさ……」
「何なのよ、はっきりしなさいよ!」
マークは呼吸を整え、胸の高鳴りを抑えてから切り出した。
「あの放送で流れた罪人。セーレの恋人ってだけで罪に問われていて、やり過ぎだと思うんだよ……。実際付き合ってはいたの?」
沈黙が流れる。セーレが言葉を探す時間は長く、マークの心拍数は無意識に上がっていた。
「わからないわ……けど、アーネスと彼? は戦時下で私の支えになってくれていたわ。それが原因で……」
その返答に、マークは安堵の表情を浮かべた。
「どうしたんだ?」
「何でもないわ、次の目的地に向かうため準備をしましょう」
三人はモニターから目を離し、その場を後にした。
◆◇◆◇
ビィシャアの提案により、その日は村に泊まることになった。
その前に、セーレは久々の買い物を楽しみ、マークは「お留守番」を命じられた。
なお、資金については、最牡でクライから支援金を受け取っていたため問題はなかった。
「この村はなんて言う集落なの?」
「そういえば言ってなかったわ。ここは譚蔴村っていうの」
「そうなの、私はあの戦時下で、あなた達の一族の名を知ったわ。ネイサンだったわよね?」
「そうだよ、よく知ってるね」
ビィシャアは、ネイサンという名の由来と、譚蔴の黒家について語り始めた。
ネイサンとは『Nature's Sun』――自然の太陽を意味する名である。日光の乏しい環境に生き、それを追い求めた一族の在り方から名付けられた。
次に、一族が扱うのは錬成に近い能力だ。手を燃やしているように見えるのは、石を熱で柔らかくし、素手で形を整えているためだという。本人たち曰く、熱さは感じないらしい。
最後に黒家について。日照の少ない崖下という環境を逆手に取り、熱を取り込む技術を確立した家系であり、カラスの黒色から着想を得たものだという。
「そうなの、説明ありがとう」
買い物を終えた二人は帰宅し、ビィシャアの母親の好意で手料理が振る舞われた。
鳥の姿焼き、芋サラダ、コンソメスープ、そしてぶどう酒。どれも美味で、ぶどう酒は進んだ。
結果として、セーレとマークは酔いが回り、その夜はビィシャアの家に泊まることになった。
◆◇◆◇
「コココ、コケ、コケッココ――」
ペット兼食料である鶏の鳴き声により、セーレは目を覚ました。
「朝か……」
譚蔴村は崖下に位置し、日差しが少ない。
朝七時であっても外は薄暗く、太陽光の柱がまばらに差し込んでいるだけだった。
セーレは敷布団から起き上がり、玄関ドアを開けて外へ出た。
「あら、おはようございます」
「おはよう」
ビィシャアは、小さなポーチに鉱石を詰めていた。赤、青、黄色と色は様々で、形も不揃いだ。
一通り詰め終えると、彼女は立ち上がった。
「私も、セーレの旅に同行させてほしいの」
セーレは黙って深呼吸し、返答した。
「それは嬉しいけど、私といると憎しみが増すのではないかしら」
「私はあなたが憎いのかもしれない。でも正直、パパの死は認めたくないし、あなたが全部悪いとは言えない。だから、これからのあなたを見て、この気持ちに決着をつけたいの」
「わかったわ……。私は呪いで、あなたの名前を覚えることはできないけど、これからよろしく頼むわ」
セーレは左手を差し出し、ビィシャアと握手を交わした。
「えー、俺の時はしなかったよね。握手」
後方で、マークが落胆した表情を浮かべている。
「ふふふ、あなたは付き纏っているだけでしょう」
「酷いな。ごほん、とにかく……、ビィシャアさん。宜しくお願いします」
「ビィシャアでいいわ、あなたも宜しくね。マーク」
こうして三人は、王城を目指して出発することになった。
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