11話
「洗脳の女王セーレ様。私こと、サーメスが貴方様を運ぶ命を賜った者です」
歓喜に満ちた表情で、サーメスは銀髪の女性へと歩み寄った。
「今、この刃で貴方様の願いを叶えて進ぜます。安心してください。首と体が二つに別れても、不要な身体は私が頂戴いたします」
サーメスは長剣を横に構え、右手で先端を掴むと、そのまま勢いをつけて振り下ろした。
だが、彼女は眠っていたはずの瞼を、わずかに開いた。
意識は深い闇の底にある。身体は動かず、呼吸も浅い。それでも、“力”だけが反射のように立ち上がった。
「……止まりなさい……」
掠れた声が漏れた瞬間、サーメスの動きが硬直する。筋肉が悲鳴を上げ、剣先が空中で震えた。洗脳は、確かに届いていた。
――けれど、弱い。
セーレの意識は再び沈み始める。術後の身体、削られた力。脳裏に白い靄が広がり、集中が途切れていく。
「……な、ぜ……?」
サーメスの瞳が揺れ、拘束が軋む音を立てる。洗脳は完全ではなかった。命令は浅く、刃は再び動き出そうとする。
セーレの唇が、最後に微かに動いた。
「……止まって……」
それが限界だった。
彼女の意識は闇へと落ち、力は霧散する。サーメスの身体から拘束が解け、剣は重力に従って傾いた。
「だ…か……ら、や……めろよ……」
その直後、マークが背後からサーメスの腕を強くホールドした。
「貴様……一度や二度、三度と飽き足らず、四度まで邪魔をするとは……」
「悪いな……俺、諦め悪ぃ奴なんでな……」
「この手を離せ」
サーメスは剣の柄で、マークの腹を何度も殴打した。
「ぐっ……」
マークは地面に倒れ込む。それでもなお、サーメスの衣服の裾を掴み、行かせまいと抵抗を続けた。
「ここまで苛つかせるとは……宜しい。貴方から先に天へ送って差し上げましょう。きっと、セーレ様もお喜びになる筈」
サーメスが剣を振り上げる。――ギィン!!
高速で飛来した何かが、サーメスを弾き飛ばした。
「何者だ!」
視線の先には、巨大な鋏が地面に突き刺さっていた。そして、その後ろに立つ人物――クライ。
「久しぶりに出てきてみりゃ、目の前にはうざったい優勢思考の連中がいやがる……」
クライは鋏の取っ手を両手で掴み、不敵に笑う。
「お前らみたいな奴は、俺が成敗してやるぜ」
「……貴方様の顔……どこかで……」
サーメスは記憶を辿る。
そして、恐ろしい過去が蘇った。
「ま、まさか……フライ!? クライ様ではなく、二重人格の狂乱者フライの方か!」
「カカカ……懐かしいな。その呼び方……」
クライの笑みが、狂気に満ちたものへと変わる。
「神器の鋏も戻ったし……久々にアレやるかな」
サーメスの額に汗が滲む。
「お待ちください! 我は洗脳の――」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!! 覇道滅破!!!」
鋏から光が放たれた。
サーメスの上半身は、一瞬にして消滅した。
「ちっ……逃げられたか」
残された体は、土人形のように崩れ落ちる。
(後は頼んだぜ、クライ。俺はもう引っ込む)
クライは小さく息をつき、表情を元に戻した。
「フライ……まぁ、敵もいないし良いか」
その時、遠方から飛行機の音と足音が近づいてきた。
「大総統様、困ります! 急に飛行機の上から飛び降りるなんて、無茶しすぎです!」
「先程は……えっと……すまん。この者達は怪我人だ。収容してくれ」
「はい、承知しました!」
クライの親衛隊は、重傷の二人を担架に乗せ、搬送を開始する。その傍らで神器発信機を回収し、装置を裏返してカバーを外した。
そこには、発信機付きの盗聴器が点滅していた。
「まさか……これが役に立つとはな」
クライと親衛隊は飛行機に乗り込み、最牡へと帰還した。
◆◇◆◇
二時間後。
セーレは病室のベッドで目を覚ました。
「……ここは……?」
「セーレ、大丈夫かい?」
ベッドの横にはクライが立っていた。
「ここは病室だよ。神器回収、ご苦労さん」
「……顔が近い。離れろ」
「ハハ、相変わらずだな」
セーレは眉をひそめ、周囲を見回す。
「クライ……あなたが助けてくれたの?」
「間違ってはいない。……けど、お前を守ろうとしたのはマークだよ」
「アイツの容体は?」
「大丈夫だ。医療チームの話では、二、三日経過観察すれば問題ないとのことだ」
クライは林檎を取り出し、鋏で四等分にする。
「ほら、食べるか?」
セーレは一切れ受け取り、ゆっくりと口に運んだ。
「……優勢思考。奴らはどうして、私に執着するのかしら?」
「僕たちは三年前、言論の自由を勝ち取るために戦った。その結果、誰かにとっては英雄になり、誰かにとっては神になった。崇拝するのは自由さ。けど、間違った行いや過剰な行動を正しく導くことも、僕たちの責任だと思う」
セーレは真剣な表情でクライを見つめる。
「……クライ、あなた、本当に大総統だったのね」
「そうさ。だから、今すぐ解剖してやろうか?」
「……」
反応すると調子に乗ると判断し、セーレは無言を貫いた。
「私たちには、あの戦争を引き起こした責任がある。でも、戦争の影響を受けた人が、無関係な人に暴力を振るうのは許せない」
セーレは決意したように、クライを見つめる。
「……頼みがあるの」
「何だい?」
紅の瞳が、真っ直ぐにクライを捉えた。
「今回の件は、すべて私に責任がある。だから、これ以上、無関係な人を巻き込みたくない。……あの男を、この街で保護してくれないかしら?」
セーレは静かに俯いた。
その時――
「……ねぇよ……」
「!?」
病室の扉が開き、車椅子に乗ったマークが入ってくる。
「俺がいないところで勝手に決めてんじゃねぇよ!」
強い意志を宿した視線で、マークはセーレを見つめた。
「セーレが自由のために戦ったんだ。それなら、俺の人生だって自由に選ぶ権利がある」
「……」
「君が何と言おうと、絶対に着いていくと決めたんだ!」
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