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銀の城は心の奥に  作者: X


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1/9

プロローグ

 ひっそりと誰も近づかぬ荒れ地に、その建造物は(そび)えていた。

 カーアラーン監獄。

 百年の歴史を刻む、地上最悪の牢獄である。

 鬼の紋章が刻まれた鉄門――人々はそれを「地獄門」と呼んだ。

 ここに足を踏み入れた者で、生きて帰った者はいない。

 夜になると、壁の内側から低い唸り声が聞こえる。

 罪を悔いる声、怒りに満ちた叫び、そして絶望に溶ける嘆息(とうそく)

 看守たちはそれを「囚人の子守唄」と嘲笑った。

 だが、誰も笑ってはいなかった。

 この監獄では、囚人も看守も、皆が『何か』に囚われているのだ。

 独房棟の一角。

 目に光を失った白髪の女が、薄闇の中で背を壁に預けていた。

 髪は肩口で絡まり、唇は乾き、肌は月光のように蒼白い。

 彼女はその日も、ぽつりと呟いた。

 

「退屈だわ」

 

 それは毎日繰り返される言葉だった。

 誰に聞かせるわけでもない独り言。

 しかし、その声の底には静かな炎が潜んでいた。

 

◆◇◆◇

 

 昼間、監獄では年に一度の「お遊戯会」と呼ばれる催しが行われていた。

 看守のみが参加する、強制的な娯楽行事である。

 廃れた壁に張り付けられた粗末なダーツボード。

 そこには『一から二十』までの数字が雑に貼られていた。

 

「では次、三号房のマーク」

 

 呼ばれた青年看守が、ため息をつきながら前に出た。

 刑務所勤めも三年目。

 笑えない冗談と、息の詰まる規律に彼はうんざりしていた。

 

「こんな茶番……やってられ――」

 

 言いかけた瞬間、背後から腕をねじ上げられる。

 場の空気が一瞬で凍りついた。

 同僚の年長看守が、耳元で低く囁く。

 

「おい、上の命令は絶対だ。二度と軽口を叩くな」

 

 カーアラーンでは、三年前の「言論戦争」以来、

 たった一つのルールが絶対となっていた。

 ――『命令には、理由を問うな』。

 マークは怒りを抑え、再びボードを見据えた。

 右手に握ったダーツを、思い切り投げる。

 鋭い音を立てて、矢は『一番』の数字に突き刺さった。

 

「……一番の囚人、誰だ?」

 

 周囲がざわめく。

 古参の看守が、口の端を歪めて笑った。

 

「知らない方が身のためだ。だが――」

 

 わざと間を置き、彼は囁く。

 

「女だ。恐ろしく、美しい女だ」

 

 それ以上、誰も口を開かなかった。

 マークの胸には、得体の知れぬざわめきが残った。

 

◆◇◆◇

 

 一番房。

 分厚い鉄扉の向こうに、彼女はいた。

 手錠と足枷をされたまま、暗闇の中でじっと座っている。

 目隠しをされ、視界は閉ざされていた。

 だが、耳だけは異様に研ぎ澄まされている。

 足音、鉄格子の軋み、遠くの咳払い。

 それらをすべて聴き分け、彼女は時間を測っていた。

 唯一の楽しみは、食事に添えられるスープの香りを味わうこと。

 その味が日々少しずつ変化していることを、彼女は把握していた。

 ――新しい調理人が来た。

 ――看守の配置が変わった。

 ――そして今夜は、月が満ちる。

 彼女は口元に微かな笑みを浮かべた。

 長い沈黙の果てに、声が漏れる。

 

「……もうすぐね」

 

 それは、自らに言い聞かせるような声だった。

 冷たい牢の壁に吸い込まれ、小さく反響する。

 この場所に来て、三年。

 無数の夜を越え、彼女は待ち続けていた。

 唯一の機会――月が満ちる夜を。

 地上の誰も、その事実を知らない。

 その夜、カーアラーン監獄に最初の裂け目が刻まれることを。

 この地獄に風穴を開ける、彼女の反撃の狼煙が上がることを。

 沈黙の果てに、世界はひび割れ始める。

 月光は、鉄と血を淡く照らしていた。

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読むだけでは足らず、作者の励みになりません。どうか勇気づけると思っての願いを読んだ句です。

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