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7.複雑な想い

 離宮に住むことを国王に許可してもらったアイリーンは、エリスが過ごしていた部屋を訪れた。エリスの荷物をまとめて離宮に運ぶためだ。

 

(まあ、みすぼらしい衣装ばかり。これをわたくしが着るのよね?化粧道具はどこかしら?え、もしかして使ってないの?まったく……他に必要なものはあるかしら?)


 アイリーンがドレッサーの引き出しを上から順番に開けていくと、一番下の引き出しから鍵が出てきた。


(どこの鍵かしら?とりあえず持って行きましょう)


 荷物を持って離宮に戻ると侍女が寄って来た。


「聖女様、王太子殿下がお見えになっています」


「王太子殿下が?アイリーン様のお部屋かしら」


「それが、公爵令嬢様のお部屋に行かれたのですが、すぐに出てきて今は応接室でいます」


「わかったわ。この荷物、アイリーン様の隣の部屋に持って行ってもらえるかしら?」

 

「かしこまりました」


 アイリーンは侍女に荷物を預けると、応接室に向かった。応接室のドアをノックするが返答がない。


(帰られたのかしら?)


 ドアを開けると、ソファに浅く腰掛け頭をうなだれたエドワードがいた。

 アイリーンはエドワードの見たことのないその傷心した姿に心がえぐられるようだった。


「王太子殿下、いかがなされました?」


 エドワードはしばらくしてから頭を持ち上げた。


「アイリーンがわたしのこと知らないと言った……わたしが近づくと怯えて布団を被ったまま出てこなかった」


 震えるように話すエドワード。

 アイリーンは幼い頃からエドワードを見てきたが、こんなエドワードは本当に初めてだった。エドワードは王太子らしく、いつも冷静で堂々としていた。


「アイリーン様は記憶をなくしているのです。すべてを忘れてしまったようです。おそらく事件のショックとカミナリのせいでしょう。王太子殿下、大丈夫です。今アイリーン様は不安なだけです」


「記憶が……戻るのか?」


(大丈夫です。だってわたくしは無くしていませんもの)


 アイリーンはそう伝えたかったが、言葉を飲み込んだ。


「殿下、一緒にアイリーン様のところへ行きましょう」


「大丈夫だろうか……わたしを見てまた怖がられたら……」


「大丈夫です。わたしが一緒ですから」


 二人はアイリーン姿のエリスらしき者の部屋に行った。ドアをノックし入ると、アイリーン姿のエリスらしき者は、エリス姿のアイリーンを見てホッとした顔をしたが、後ろにいるエドワードを見て強張った。


「大丈夫ですよ、アイリーン様。この方はこの国の王太子で、アイリーン様の婚約者です」


「わたしの婚約者……?」


 エドワードは少し距離を置いて言った。


「アイリーン、すまなかった。君を守るのはわたしの役目なのに怖い思いをさせてしまった。許してくれ」


「何をおっしゃいますか、殿下!毒薬を飲ませれて死にかけていたのに、殿下は悪くありません!」


 エリス姿のアイリーンが思わず言葉を出してしまった。


「……ありがとう、エリス殿。」


 エドワードはエリス姿のアイリーンに苦笑いのような笑顔を向けた。


「あの、ごめんなさい、わたしには状況がよくわからなくて……あなたは本当に……わたしの婚約者なのですか……?」


 アイリーン姿のエリスらしき者は不安そうな顔をして震える声で聞いた。


「そうだよ、アイリーン。わたしは君を愛してやまない婚約者だ」


 そう言ってエドワードはアイリーン姿のエリスらしき者を手を取った。エリスは一瞬身体をこわばらせたが、自分のことを好意的に接してくれる存在がいることに安心したようだった。

 その様子を見て、アイリーンは胸が締め付けられたような気がした。


(まあ、エドワード様ったら……エリス様を安心させようとして柄にもないことをおっしゃっているのね……本当のわたくしはここにいるのに……いえ、待って、あそこにいるのが本物のわたくしの身体、告白もちゃんと聴いたのだからこれはこれでよろしんじゃなくて?)


 アイリーンはそう言い聞かせて自分を納得させた。



 次の日からエドワードは毎朝、離宮を訪れてはアイリーン姿のエリスらしき者と朝食を取った。そして思い出してもらえるように、こどもの頃の様子を語った。

 その後、執務室で仕事をし、ひと段落ついたところで再び離宮を訪れ、アイリーン姿のエリスらしき者が眠りにつくまで共に過ごした。

 アイリーン姿のエリスらしき者が眠りにつくと、エドワードは再び執務室に戻り夜遅くまで残りの仕事をこなすという日々を送った。

 アイリーン姿のエリスらしき者も少しずつエドワードに心を開いていった。そしてエドワードが来るのを心待ちするようになった。


 エリス姿のアイリーンは複雑な気持ちで二人を見ていた。

 アイリーンはエドワードから優しい言葉をかけられたことがなかった。幼い頃から婚約者同士ではあったが、エドワードは次期国王として、アイリーン個人ではなく、バクルー公爵家と婚姻を結ぶのだと教育を受けていた。

 アイリーンもまた、公爵家のために王家へ嫁ぐのだと聞かされていた。二人で会うことがあっても、いつも国政や領地の話がほとんどだった。

 それでもこどもの頃は二人して無邪気に遊んだこともあったが。


(エドワード様、エリス様のためにあんなに無理をして……いえ、エリス様ではないわね、あれはわたくしなのだわ。わたくしのためにあんなに献身的に尽くしてくださっているのよね……あんなエドワード様は初めて見るわ……あんなにお優しい方だったのね…………何かしら、この胸がギュッととなる感じ……)


 アイリーンは今まで感じたことのない感情に戸惑っていた。


次回の投稿は11/9の予定です。

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