6.記憶喪失
アイリーンの姿をしたエリスらしき者が目を覚ました。
(しまった、陛下がいては話ができない!)
「エリ……アイリーン様、目を覚まされたのですね!」
エリス姿のアイリーンが急いでベッドに駆け寄り、小声で話そうとしたとき、
「ここは……どこですか?わたし……わたしは……」
アイリーン姿のエリスらしき者はまっすぐ宙を見つめたまま黙り込んだ。エリス姿のアイリーンは顔を覗き込み聞いた。
「…わたしのことわかりますか?」
「……誰……わかりません……え、なに……?なにもわからない……」
アイリーン姿のエリスらしき者は頭を抱えてベッドにうずくまった。
「至急王宮医師を呼べ!」
国王に言われ衛兵が医師を呼びに行き連れて来た。
王宮医師がしばらくアイリーン姿のエリスらしき者を診察してから、国王らの方へ振り返り首を横に振りながらため息をついた。
「どうやら記憶喪失のようです。言葉や日常生活に関しては覚えている様ですが、自分自身のことや今までの人生そのものが喪失しているようです」
国王は疑わしげに聞いた。
「罪を逃れる為に嘘をついていると言うことはないのか?」
「おそらくそれはありません。家族や友人、最近の状況について話したのですが、振りをしているだけならば、微妙に顔の症状や身体に違和感が出るのですが、全く無反応でした」
「そうか……まだ無実だと決まったわけではない。今すぐバクルー公爵令嬢を離宮に軟禁するように。また拘束中の公爵家一同も拘束を解き、公爵邸にて外出禁止、監視を続ける様に」
国王はブーリンに伝えた。ブーリンは返事をしながら眉をしかめていたのをエリス姿のアイリーンは見逃さなかった。
「陛下、お心遣い感謝致します」
エリス姿のアイリーンは国王に深々と頭を下げた。
「なぜそなたが礼を言う?」
そう言いながら国王は部屋を出た。代わりに衛兵二人が部屋に入って来てアイリーン姿のエリスらしき者を連れて離宮に向かった。エリス姿のアイリーンも後をついて行った。
離宮の客室に案内された。国王の計らいで、侍女が二人後からやって来た。
エリス姿のアイリーンは侍女にお湯を溜めるよう指示をした。同時に衛兵の一人に公爵邸に行きアイリーンの身の回りのものを持って来るようにも指示した。
そしてこっそり耳打ちをした。
「あなたが怪我や病気になったときには必ずこの力で助けますから、公爵家の様子を教えてくださいね。それからアイリーン様は元気だと伝えてください」
衛兵は少し顔を赤らめて頷いた。アイリーンは少し腹正しく感じた。
(さすが聖女様、少しお願いしただけで嬉しそうに顔を赤らめて。このわたくしがアイリーン姿で同じことをお願いしたら、国王の許可が必要とか何とか言って聞いてくださらなかったでしょうね!)
アイリーン姿のエリスらしき者は侍女に手伝ってもらい入浴をして、ベッドに横になった。虚ろな目をして天蓋をじっと見ている様子を見ながら、エリス姿のアイリーンも途方に暮れていた。
(これからどうしましょう。しばらくはエリスとして生活しなければならないのに、エリスのことはほとんど存じ上げていないわ。聖女の力もわたくしでは使えないようですし……とりあえず、エリスのそばを離れてはダメよね。陛下にお願いしてわたくしも離宮に越してきましょう)
次の日、アイリーンは国王の執務室に向かっている途中、アーサーと会った。気まずそうな顔をして近づいて来るアーサーを見て、アイリーンはエリスと何かあったのだと察した。
「やあ、エリス。今までどこにいたの?」
「アイリーン様に付き添っていました」
「公爵令嬢に……それで令嬢はどんな様子?」
「記憶をなくしているようです、すべて」
「なんだって!?……そうか、ある意味よかったかも……それよりエリス、この間の話だけど……」
「この間?」
「ああ、事件があった日とその後の……」
(そうだった、あのとき王子殿下とエリスは二人きりで話をしていたのだったわ。なんの話をしたのかしら?)
エリス姿のアイリーンが考え事をして黙っていると、
「ああ、いいんだ。僕の様子がおかしかったこと気にしていたよね?君に話したいことがあったんだけど、いろいろと落ち着いてから話すね」
「はい」
「どこかへ行く用だった?」
「はい、陛下の執務室に」
「父上に用事?今執務室にいないよ。王妃様のところに行ってるようだ」
「そうですか、わかりました」
エリス姿のアイリーンが離宮に戻ろうとしたとき、衛兵が声をかけてきた。
「聖女様、国王陛下がお呼びです。ご案内いたします」
「はい」
アイリーンは衛兵の後をついて行った。
(ちょうど良かったわ。東宮に向かっているようね。王妃様のお部屋かしら)
東館の王妃室の前に着くと衛兵がドアをノックした。
「聖女様をお連れしました!」
「入れ」
中から国王の返事が返ってきた。衛兵はドアを開け、エリス姿のアイリーンを通した。
「失礼します。国王陛下にエリスがご挨拶申し上げます」
お辞儀をして顔を上げると、王妃がベッドに座り微笑んでいるのが見えた。
「王妃様!王妃様にもご挨拶申し上げます。意識が戻られたのですね、良かった!」
「エリス、そなたのおかげよ。そなたがいなければ、わたくしもエドワードも今ごろこの世にいなかったわ。ありがとう、エリス。そなたは命の恩人よ」
王妃は涙を流しながらエリス姿のアイリーンの手を握り締めた。
「そのような、もったいないお言葉です」
アイリーンは嬉しさと同時に、複雑な気持ちだった。
次回の投稿は11/7です。




