5.入れ替わり
アイリーンの身体はエドワードの寝室のベッドに寝かされ、王宮医師の診察を受けた。
「で、どうなんだ、アイリーンは?」
いつも沈着冷静なエドワードが苛立ちを隠そうともしないで聞いた。
「気を失っているだけだと思います」
「思うとはどういうことだ!他の可能性もあるということか!」
今にも医師に掴みかかりそうなエドワードをエリスの姿をしたアイリーンが制した。
「殿下、落ち着いてください。殿下も病み上がりです。興奮してはお身体に障ります。」
「こんなことがあって……落ち着いていられるわけがない……アイリーンが……アイリーンが殺されかけたというのに……」
エドワードは両手で頭を抱え、呟くように言葉を発しながら、エリスの姿をしたアイリーンに支えられベッドの傍らにある椅子に座った。
「心臓も正常に動いていますし、脈の乱れもありません。目立った怪我もありませんし、しばらくすれば目を覚ますと思い……目を覚ますでしょう」
医師はそう告げると部屋から出て行った。
エドワードはベッドに横たわったアイリーンの手を両手で握りしめた。その肩が小刻みに震えているのをエリスの姿をしたアイリーンはしばらく見つめていた。
(エドワード様がこんなにもわたくしのことを心配してくださるなんて……わたくしが毒薬を混入しただなんて微塵も思っていないみたい……エドワード様わたくしを信じてくれてありがとうございます)
アイリーンは涙ぐみ、エドワードの肩を抱きかかえたい衝動にかれたのを必死で堪えた。
「殿下、アイリーン様のことはわたくし……わたしが見ていますので、殿下はお休みになってくださいませ。殿下もまだ顔色が優れないようにお見受けします」
「いや、わたしはアイリーンのそばにいたい」
「殿下、アイリーン様が目を覚まされたとき、殿下のお顔色が悪かったらアイリーン様が心配をなさいますわ」
「不安なんだ。そばで見守っていたい……」
エドワードはそう言いながらふらついて椅子から落ちそうになった。
「殿下!」
アイリーンは慌ててエドワードを支えた。
(まだ調子が悪いのね……事件から十日、今日意識が戻ったばかりだもの。だからいつもと違うのね。そうよね、エドワード様がわたくしのためにこんなに弱気な態度見せるはずないわ。……そうだわ、わたくしにも聖女の力が使えるかしら……)
エドワードの両手を握り目を閉じて祈ってみたが、力は顕現しなかった。
エリスの姿をしたアイリーンはドアを開け衛兵に命令した。
「王太子殿下の調子がまだよくありません。すぐに貴賓室に連れて行ってお休みになってもらってください」
衛兵がエドワードを支えて連れて行こうとしたとき、エドワードは少し抵抗したがほとんど気力を失っていたので、そのまま衛兵に支えられて貴賓室へ向かった。
アイリーンはベッドに横たわる自分の姿を眺めながら考えた。
(わたくしの意識がエリスの中にいるのだから、エリスの意識はわたくしの中にいるはずよね。エリスが目を覚ましたら混乱するのは目に見えている。わたくしにも今の状況をどうすれば良いのかわからないわ。入れ替わったなんて誰も信じてくれないだろうし……エリスが目を覚ましたら今後どうするか、しっかりと話をする必要があるわね。お願いよ、殿下が来る前に目を覚ましてちょうだい。)
そこにドアのノックする音が聞こえてすぐに衛兵が入って来た。
「国王陛下がお見えです」
国王が怪訝な顔をして部屋に入って来た。
「国王陛下にアイ……エリスがご挨拶申し上げます」
「どうして罪人がこんなところにいる」
「それは……王太子殿下が連れて来るようにと……」
「エドワードが?死刑執行のときの様子は聞いておる。しかし、その者は罪人だ!すぐさま牢に連れて行け!」
衛兵が二人入って来てアイリーンの身体を掴もうとした。
「お待ちください陛下!おそれながら申し上げます。アイリーン様は毒薬など混入していません!」
「そなたになぜ分かる?」
「アイリーン様はいつも冷静で賢い選択をなさるお方です。王太子殿下とエリ…わたしの噂ごときで王太子殿下を殺すはずございません。それに関係のない王妃様まで手にかけるなど考えられません」
「王妃は一緒にいたから仕方がなかったのではないか」
「それなら王族殺害など危ない橋を渡らなくとも、エリ……わたし一人を殺せば済むこと。わたしならもっと簡単に殺せて隠し通すことも容易であったはずです。わたしさえいなくなれば王太子殿下とも今まで通りと考えるのが普通です。それにエ……わたしを生かしておけば今回の様に聖女の力を使って助けることもわかっていたはずです。ならばわたしを殺すほうが得策に思えるのですが」
「……ふむ、聖女の言うことも一理ある」
そのとき、国王と一緒に来ていたブーリンが慌てたような顔をして言った。
「おそれながら申し上げます、陛下。状況や動機からしてもバクルー公爵令嬢以外考えられません」
「きっとどなたかに嵌められたに違いありません。王妃様や王太子殿下、バクルー公爵家が邪魔だった者の仕業だと、わたくし……わたしはそう考えています」
エリス姿のアイリーンはブーリンを睨みつけながらそう言うと、ブーリンは目を泳がせながら汗を拭いた。
「うむ、……もう一度洗い直さなければならぬな……それにしても聖女、治癒の力だけでなく、聡明さもあるのだな。とりあえず、そなたの言葉を信じて……」
そのときベッドから、アイリーンの姿をしたエリスの声が聞こえた。
「あ、あの、わたし……」
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