47.気付き
ウォール侯爵夫人の部屋の異変に気付いた執事と侍女たちが慌ててやって来て、部屋の前にいたエドワードに問いかけた。
「王太子殿下、何事ですか!?皆さんはご無事でしょうか!?」
エドワードは難しい顔をして何も答えなかった。
執事は不安になった。
光が収まって半時以上過ぎてもドアは開かなかった。
エドワードは心配になり、ドアを開けようとドアノブに手をかけようとしたとき、ドアが開いてエリスが顔を出した。
「どうぞ、治癒が終わりました」
エドワードが入り、続いて執事が入った。侍女たちは部屋の前で待った。
「殿下」
アイリーンが微笑んで立っていた。
「アイリーン…なのか…?」
エドワードは不安と喜びが入り混じった声で聞いた。
「はい、アイリーンです。本当の…」
エドワードはアイリーンの側へ駆け寄り抱きしめた。
アイリーンもエドワードの背中に手を回した。
エドワードはさらにきつく抱きしめた。
ウォール侯爵夫人がベッドで座っていた。執事は涙を流した。
「奥様、無事に目を覚ましてくれて良かった…」
ウォール侯爵夫人は執事の名を呼び心配かけたと言った。
侍女たちも侯爵夫人の側により喜んでいた。
執事はエリスに何度も何度も礼を言い、後日当主があらためてお礼に伺うと言った。
三人は馬車に乗り王宮に向かった。
馬車の中でエドワードは詳細を聞いた。
女神フレイヤの加護の力で無事に意識は元の身体に戻ったが、ウォール侯爵夫人はアイリーンの顔を見てパニックになった。
エリスの力でなんとか落ち着かせ、ウォール侯爵夫人の話を聞いた。
侯爵夫人はマーガレットが誰かと手紙のやり取りしていることをカインから聞いて知って、恋人でもできたのかとずっと気になっていた。
毒薬混入事件後、マーガレットの部屋にあったキャサリンからの手紙を見つけて読んでしまい驚いた。
侯爵夫人はまさか自分の娘がそんな大それたことをと思ったが、マーガレットが留守の間に部屋の中を隈なく探していると、モントロール公爵の手紙と毒薬が入っているらしい小瓶を見つけた。
マーガレットがアーサーのことを慕っているのは知っていたが、まさか親にも言わずモントロール公爵に直接手紙を書いてお願いするなんて思ってもいなかった。
いくらそそのかされたとはいえ、侯爵家の人間が王族殺害を企てたとなると、ウォール侯爵家が潰れてしまうどころか、全員死刑の可能性もある。
そう思うと恐ろしくて誰にも言えず悩んでいた。
そんなとき、バクルー公爵令嬢が犯人にされて死刑になると聞き、申し訳ない気持ちと罪悪感で心が病んでいった。
処刑当日いても立ってもいられず、大広場に行くと処刑寸前だった。
思わず「犯人じゃない」と叫びかけたとき、雷が落ち光に包まれその後の記憶は全くないという。
自分がアイリーンになってしまったことも一切覚えていないようだった。
「女神フレイヤ様が言った通り、ウォール侯爵夫人もアイリーン様のことを強く思っていたので、意識が入れ変わってしまったのです」
エリスがそう言うとアイリーンが捕捉するように言った。
「わたくしの意識がエリス様に入ってしまったので、わたくしの身体に入った侯爵夫人の身体は意識不明になってしまわれたのですね」
エリスが頷いた。エドワードが大きなため息をついて言った。
「何はともあれ、これで全てのかたがついたということだな」
アイリーンも頷きながら大きなため息をついた。
「やれやれですわね」
数日後、アイリーンは離宮を出てバクルー公爵家に戻った。
公爵と公爵夫人が泣きながらアイリーンを抱きしめた。アイリーンの弟も傍で泣いていた。
家族で和気あいあいとディナーを済ませた後、アイリーンは久しぶりに自分の部屋でくつろいだ。
エリスに出会ってから今日までの半年余り、いろんな出来事があったと思い返していた。
たった一人でエドワードを探しに行ったことなど、考えられない行動力だと思った。
もう一度行けと言われたら迷うだろう。エリスの力のおかげで生き延びたようなものだ。
エリスの日頃の行いの良さと優しさがあったからこそ、みんなが協力的だった。
事件の解決にも繋がった。
階級だの、上流社会のマナーだの、死を目前にしたら何の役にも立たないゴミと同じだとわかった。
「ああ、わたくしもゴミになってしまうところだったのね」
ゴミになる前にエリスになり、エリスという人物を知り、アイリーンという人間を悔い改めることができた。
これも全て女神様のご慈悲なのだとアイリーンは深く感謝した。
アイリーンが公爵邸に戻った次の日、エドワードが訪ねてきた。
婚約式の段取りを話し合うためだ。
エドワードは応接室に通された。
「王太子殿下にわざわざ足を運んでいただき、申し訳ない。言っていただければこちらから出向きましたのに」
バクルー公爵は申し訳なさそうに言った。
エドワードはアイリーンを見ながら答えた。
「公爵家に戻ったばかりでまた呼び出すのは忍びない。かと言って、日を置くのも我慢できなかったのだ。早くアイリーンの顔を見たくて」
アイリーンは顔を赤く染め、恥ずかしくて俯いた。
バクルー公爵夫妻は顔を見合わせて、二人のその様子に驚いていた。半年前なら考えられないことだった。
公爵夫妻は安堵と共に微笑ましく思った。
婚約式の話の後、エドワードとアイリーンは公爵家の庭園を歩いた。
「王宮の庭園には劣りますけど、ここも素晴らしいでしょう」
エドワードはアイリーンを見つめながら答えた。
「本当に綺麗だ……あ、いや素晴らしい庭園だ」
「こどもの頃はここで一緒に遊んだことがありましたね」
「そうだな。三、四年前から陛下のもとで後継者教育や執務の手伝いを始めたから、アイリーンとゆっくり過ごすこともなくなっていたな」
エドワードはアイリーンの手を取り引き寄せた。
「わたしは今回の事件があったことでいろいろと気付かされた。何もしなくてもアイリーンはわたしから離れたりしないと思っていた。政略的な意味でだ。しかし、そうではなかった…」
エドワードはアイリーンをさらに引き寄せ、両手でアイリーンのほほを包んだ。
「人生何が起こるかわからない。わたしは後悔したよ。アイリーンへの気持ちを抑え続けていたこと、大事にしてあげられなかったこと、愛していると伝えていなかったこと……」
エドワードの顔がアイリーンの顔にゆっくりと近づいた。
「殿下……」
アイリーンはそっと目を閉じた。




