42.裁判当日①
王城の敷地内にある裁判所のホールは入りきれないほど大勢の貴族が集まった。
事件関係者と思しき者は中央に近い席に誘導し、逃げられないよう近くに貴族に装った衛兵を配置した。
バクルー公爵夫妻、子息であるアイリーンの弟も衛兵に連れられ出席していた。
国王両陛下と側妃、アーサー、それらを護衛する者、そして宰相が入ってきた。宰相が裁判の進行を行う。
エリス姿のアイリーンとドーワ姿のエドワード、その他証言者はホールの様子が見える上の階の部屋で待機していた。
裁判がはじまった。
「本日、アイリーン・バクルー公爵令嬢は健康上の理由で欠席します」
宰相がそう言うとホールがざわついた。
「静粛に!ではこれより王妃ならびに王太子毒薬混入殺人未遂の裁判を始めます」
宰相はまず初めに事件の概要を述べた。
「続いて事件直後の状況を知る衛兵の証言」
衛兵が証言台に立った。
「談話室から食器が割れるような大きな音が聞こえたので、談話室に入ると王妃様と王太子殿下が床に倒れて苦しんでおられました。その側でバクルー公爵令嬢が立っていました。」
宰相が質問した。
「バクルー公爵令嬢はそのとき、何かしていましたか?例えば証拠になる物を隠そうとしていたとか、逃げたり隠れたりしようとしていたとか」
「いえ、ただ驚いた顔をして立っていただけでした」
衛兵が退室し、次の証言者が入って来た。マーガレットが驚いた顔をして立ち上がった。
「キャサリン・バロー男爵令嬢で間違いありませんね」
宰相が聞くとキャサリンは頷いた。宰相は声を出すように促した。
「…間違いありません…」
「あなたは事件当日お茶の準備をして談話室に運びましたね」
「…はい……いえ、途中で第二王子殿下が運んでくれました」
「第二王子殿下ですか?」
「…はい」
「ではここにいらしゃるので間違いないか聞いてみましょう。アーサー第二王子殿下、間違いございませんか?」
アーサーは立ち上がり、はっきりと答えた。
「はい、間違いありません」
「ありがとうございます。お座りください。では、バロー男爵令嬢、その後どうされましたか?」
キャサリンは俯いて唇を噛んだ。目を閉じ深呼吸をしてからゆっくり目を開け顔を上げた。
「…様子を…見ていました」
「何の様子ですか?」
「……お茶を…毒薬を入れたお茶を飲んだかどうか…」
ホールが大きくざわついた。
マーガレットが青ざめて震えていた。
モントロール公爵は苦虫を潰したような顔をしていた。
「バロー男爵令嬢、あなたが毒薬をいれたのですか?」
「…はい…」
「それはあなた一人の犯行ですか?それとも誰かに頼まれたのですか?」
宰相が言い終わらないうちに、マーガレットは立ち上がり退席しようとしていたが、近くにいた貴族姿の衛兵に座らされた。
「…頼まれました…」
「誰にですか?」
「マーガレット嬢にです!」
キャサリンはマーガレットを睨みつけて言い放った。
「わたくしは何も知らない!何もやっていないわ!」
マーガレットは叫んだ。
「ではもう一人証人を呼びます。こちらに」
エリス姿のアイリーンが証言台にいるキャサリンの横に立った。
「これはわたしが事件当日拾った物です」
エリス姿のアイリーンは紙切れを見せ、宰相に渡した。それを宰相が読み上げた。
「王妃、王太子は談話室 聖女、公爵令嬢もすぐ向かう 行動起こせ アーサーには飲ませぬように M」
エリス姿のアイリーンがキャサリンに向かって言った。
「これはバロー男爵令嬢が落とした物ですね?」
キャサリンは頷いた。
「この“M”というのはマーガレット・ウォール侯爵令嬢のことですね」
キャサリンはマーガレットの方を見ながら頷いた。
「わたくしは知らないと言ってるでしょう!」
マーガレットが叫んだ。エリス姿のアイリーンは手紙を取り出した。
「これはバロー男爵令嬢がウォール侯爵令嬢から受け取った手紙、こちらはウォール侯爵令嬢がバロー男爵令嬢から受け取った手紙です」
キャサリンはマーガレットからの手紙を持って逃げていた。
エリス姿のアイリーンは重要な箇所だけ抜粋して読み上げた。
マーガレットは側妃を見た。側妃は目を閉じていた。
マーガレットは側妃に向かって叫んだ。
「側妃様!わたくしは無実ですよね!証言してくださいますよね!」
側妃は黙っていた。
「側妃様!間違いなく証言してくださると言ったくせに!」
マーガレットは鬼のような形相をして言った。
「ウォール侯爵令嬢!側妃様は間違いなく証言してくださいましたよ、あなたが言ったことを!舞踏会でわたしに毒入りワインを飲ませようとしたこともね!」
エリス姿のアイリーンはマーガレットに向かって強く言った。
マーガレットは泣き崩れた。
宰相が衛兵にマーガレットを連れて行くように言った。
マーガレットはモントロール公爵の名を叫びながら連れて行かれた。
キャサリンも退室した。
ウォール侯爵はうなだれて震えていた。
カインは側妃の側で護衛をしていたが、険しい顔つきで宙を見ていた。
ブーリン卿は冷や汗をかきながら国王の近くで立っていた。
ホールは騒然としていた。
「静粛に!さて、モントロール公爵。ウォール侯爵令嬢が貴殿の名を叫んでいたが、何か心あたりがありますか?」
宰相が言うとモントロール公爵はすぐに立ち、憤慨しているように言った。
「あるわけないだろう!なぜわたしの名を出したのか、こっちが知りたいぐらいだ!」
エリス姿のアイリーンは証言台に立った。
「では、なぜウォール侯爵令嬢がモントロール公爵の名を出したのか、お教えしますわ。こちらの手紙に見覚えはありませんか?」
エリス姿のアイリーンは手紙をモントロール公爵に向けて掲げた。そしてかいつまんで読み上げた。
「そ、それは…な、何の手紙かわたしは知らん!どうせあの女がでっち上げたものだ!」
モントロール公爵は真っ赤な顔をして怒鳴ったが、宰相がそれを制した。
「それは筆跡鑑定をすればすぐにわかるでしょう。それでは次の証人入りなさい」
エリス姿のアイリーンは次の証人が入って来ると側妃の横に座った。
二人は顔を見合わせて微笑んだ。




