39.逃げた衛兵からの手紙
エドワードが帰って来た。
ラジールと一緒にラジールの側近ドーワとしてだが。
ラジール一行はすぐに国王に挨拶に向かった。
「国王陛下にラジール・オ・フォレストがご挨拶申し上げます。再びの入国、謁見感謝いたします。」
「ラジール王太子、よくぞ参った。今日は北宮でゆっくり過ごされよ。明日の朝、ここで会おうぞ」
国王はドーワをチラリと見ながら言った。
ラジール一行は北宮に入った。
荷物を整理するとラジールはエドワードの部屋に行った。
「ねぇ、ねぇ、今日は何もないからエリスに会いに行こうよ、報告も兼ねて」
「……離宮にはまだアイリーンが軟禁されてるだろうから行けない」
エドワードはゆっくりと荷物の片付けをしながら顔をしかめて言った。
「わかった。じゃあ使いを出してここに来てもらうよ。それならいいよねー」
「……勝手にすればいい」
「本当は会いたいくせに!」
ラジールはエドワードの頬を指で突きながら言った。
「やめろ、鬱陶しい」
ラジールは侍女に頼んでエリスを連れて来てもらった。
エリス姿のアイリーンが応接室に入るなり、ラジールが抱きついてきた。
「エリスチャン、ひっさしぶりー!会いたかったよぉ」
「ラジール!」
エドワードが急いで引き離した。
「ラジール王太子殿下にエリスがご挨拶申し上げます」
エリス姿のアイリーンはラジールに挨拶するとエドワードの方を向いた。
「エドワード王太子殿下にエリスがご挨拶申し上げます。おかえりなさいませ、殿下」
エドワードは頷き微笑んだ。アイリーンも微笑みを返した。
「えーなにー?ちょっと二人でいい雰囲気ださないでよぉ!」
ラジールが二人の間に割って入った。
「エリスチャン、僕にも微笑んで、微笑んで、ほら」
ラジールはエリス姿のアイリーンに顔を近づけて言った。エドワードがラジールの顔を鷲掴みにして引き離した。
「ひどいなー、ドーワ。側近が主君の邪魔をしていいのか?」
「おまえはそんなんだから王太子の座を剥奪されかけるんだよ。もっと真面目に生きろ」
「えーっ!いいじゃんこんな国王がいても。個性だよ個性。平和で楽しい国になること間違いなしだよ。ね、エリスチャン」
エリス姿のアイリーンは少し意地悪そうな顔をして言った。
「そうですね。いい加減なフリして賢い国王がいる国は侮れませんわ。我が国も警戒しませんとね、隣国に」
「賢い?俺が?……じゃあそんな俺の妃になって!」
ラジールは両手を広げてエリス姿のアイリーンに抱きつこうとしたが、エリス姿のアイリーンは両手を真っ直ぐ前に出し阻んだ。
「お断りします」
エリス姿のアイリーンは即答した。
「わたしには心に決めた方がいますので」
「えーっ!そうなの!ショックだぁ!」
ラジールはそう言いながらわざとらしくソファに倒れ込んだ。
エドワードも目を細め、唇を一直線に結んでいた。
(この身体であるエリス様はアーサー王子殿下を、わたくしはエドワード王太子殿下をお慕いしておりますから)
アイリーンはそう心の中で呟いた。
エドワードは気を取り直してエリス姿のアイリーンに言った。
「エリス殿、座ってくれ。急に隣国に行くことになって、君に話ができなかったから、今詳細を話すよ」
アイリーンは頷き、ソファに座った。ラジールも身体を起こし座り直した。
「隣国に行く前に近衛兵団の一人と会って事件に関連したことを耳にしたんだ。その者はラジールとの対談で北の領地に共に行った衛兵の一人だ」
話は北の領地の国境でラジールと対談を行った時までさかのぼる。
対談後、エドワードは腹ごしらえをしてから山を下ったのだが、妙に身体が重かった。
そんなときに暗殺集団に襲われた。いつものエドワードならやられはしないのだが、いつもより身体が思うように動かないのと、暗殺者が集中してエドワードを狙っていたこともあり、矢が当たって崖から落ちてしまった。
衛兵らは全員命に別状はなかったが、怪我で動けない者もいた。首都から援護部隊が来るまで待っていたが、気がつくと一人いなくなっていた。旧友が探したが見つからなかった。
首都に帰ってからしばらくして、いなくなった衛兵からその旧友に手紙が届いた。
エドワードや衛兵の仲間がやられたのは自分のせいで、恐ろしくなって隣国に逃げて、国境から離れた村で世話になっていると書かれていた。
手紙を持って来た旧友はその者ことが心配で、ちょうど隣国の使節団が来たので内密に相談したいことがあると隣国の近衛兵を頼ったのだ。
近衛兵から報告を受け、側近であるドーワが話を聞いた。
手紙には事件の詳しい内容は書かれておらず、ブーリン卿には気をつけるようにと最後に書かれていた。
エドワードは逃げた衛兵の話を聞くため急ぎ隣国へ向かったのだった。
「そんなことがありましたのね……それでその衛兵は見つかりましたの?」
「ああ、見つかって詳しい話を聞いた。彼はブーリン卿から栄養剤だと言われて薬を持たされて、疲れが取れるから下山する前に水に混ぜてみんなに飲ませてあげるといいと言われたそうだ」
アイリーンは毒薬だろうかと思った。
「彼は自分も飲んだのでしばらくしてから身体が重く感じ、それが栄養剤ではないことに気づいたらしい。そのときには暗殺集団に囲まれていて、ブーリン卿に嵌められたと思ったそうだ」
アイリーンは疑問に思って尋ねた。
「そんなまどろこしいことをせずに、致死量の毒薬を持たせば全員その場で亡くなっていたのではないかしら?」
「エリス!恐ろしいことを言うねぇ」
ラジールが目を丸くして言った。
エドワードは首横に振り答えた。
「あの場で全員毒薬で死ねば隣国が疑われる。そうなれば戦争勃発だろう。盗賊にでも襲われたことにすれば大事にはならない。衛兵を殺さなかったのは盗賊に襲われたという証言が必要だったからだ」
「そうなのですね」
アイリーンは納得した。
エドワードはエリス姿のアイリーンをじっと見つめて言いにくそうに聞いた。
「話は変わるが、アイリーンは元気にしているだろうか?」
アイリーンは困った。エドワードに頼まれていたのに会えていないからだ。
「……ごめんなさい、忙しくてあまり会えていないのです……でも侍女にはしっかり頼んでいますので……」
「そうか…こちらこそすまない。エリス殿に頼むような事ではないのに余分な荷物背負わせてしまったな」
アイリーン姿の不明者を心配するエドワードを見たくなくて、アイリーンは俯いた。




