37.告白
エリス姿のアイリーンは明日孤児院に行くため、ベッドに座り本を読んで起きていた。
「もう、夜中かしら。一晩中起きているのも大変ですわね」
アイリーンは本を置き、大きく背伸びをした。
側妃とマーガレットが会ってから二日が過ぎたが、側妃からの連絡がまだなかった。
マーガレットは本当に手紙を側妃に預けるか少し不安になった。
ベッドにいると眠ってしまいそうになったアイリーンは、風にあたろうとベッドから出て窓を開けた。
すると暗闇の中からエリスの名を呼ぶ声がしたような気がした。
「こんな夜中にありえないわ」
アイリーンはそら耳だと思い、窓を閉めかけた。すると今度ははっきりとエリスと聞こえた。
アイリーンが目を凝らしてよく見ると窓の下で手を振るアーサーの姿が見えた。
「まあ、殿下……」
エリス姿のアイリーンは急いで階下に降り、玄関のドアを開けた。
「やあ、エリス。まだ起きていたんだね」
「殿下こそ、どうなされたのですか?」
アーサーは少し照れながら言った。
「エリスに会いたくて……」
「まあ、このような夜中にですか?」
アーサーは、執務が忙しく毎日この時間までかかっていること、部屋に帰る前に時々、こうしてエリスの部屋の窓を眺めていることを語った。
「今日来たら明かりがまだついていたから、窓から顔を出さないかなって祈ってたんだ。そうしたら窓が開いたから……ちょっとだけドキドキしたよ」
アーサーは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに言った。
「ここではアイリーン様や侍女を起こしてしまうので、庭園に行きましょうか」
エリス姿のアイリーンとアーサーは暗闇の庭園を歩いた。
「あのさ、お茶会の後、母上と何話したの?」
側妃はアーサーにあの日のことを話していないのだとアイリーンは思った。
側妃が話していないことをアイリーンが話すわけにはいかないと思い、ごまかした。
「側妃様が少しお身体の調子が悪いというので治癒していましたわ」
「そうなんだね…母上ともあれから会えていないんだ。大丈夫そう?」
「はい、大丈夫です。少し疲れが出ていただけですわ」
エリス姿のアイリーンは何かに当たり、つまずいて転びそうになった。アーサーが気づいて素早く身体を抱きしめて支えた。
「あ、ありがとうございます……」
アイリーンはアーサーの息遣いがすぐ耳元で聞こえ、思わず腕でアーサーの身体を押した。
「暗闇の中を歩くのは危ないね。この先にベンチがあったよね、座って話す?」
アーサーはそう言ったが、エリスに突き放されてかなりショックを受けたらしく、声が沈んでいた。
エリス姿のアイリーンは後悔をしたが、やり直しはできないのでできるだけ優しく答えた。
「わたしは構いませんが、殿下は明日も早くから執務では?」
「そうだね、でも、もう少しエリスといたい。そうしたら明日からも頑張れるから」
二人はベンチに座った。
しばらく沈黙が続いた。風が少し吹いてきて、エリス姿のアイリーンがくしゃみをした。アーサーはすぐに自分の上着を脱いでエリス姿のアイリーンにかけてあげた。
「ありがとうございます。殿下は大丈夫ですか?」
「これくらい大丈夫だよ……でも少し寒いかな……手を握ってもいい……?」
アーサーは小声で言った。
エリス姿のアイリーンは返答に困った。聞こえていないふりをする方がいいのか、返事をする方がいいのか迷っていた。
するとアーサーが今度ははっきりと言った。
「エリス、あたためて…」
アーサーはエリス姿のアイリーンの肩に頭を乗せた。エリス姿のアイリーンはアーサーの手を両手で包んだ。
穏やかで優しい時間が流れた。
アイリーンはアーサーとエリスはいとこ同士になるんだなと思い、ふとアーサーの方へ顔を向けた。
切なそうな顔をしてじっとエリスを見ていたアーサーと目が合った。
アーサーはエリスの唇を見つめながら顔を近づけたきた。
アイリーンは一瞬目を閉じたが、すぐに顔を後ろに逸らした。
アーサーはそのままエリス姿のアイリーンの膝に倒れ込んだ。
アイリーンは心の中でアーサーに謝った。思わせぶりな態度をとってしまったあとに避けるなんて、傷つけたに違いない。
アイリーンはどう収拾したらよいかわからず、黙り込んでいた。
アーサーは、エリス姿のアイリーンの膝に頭を乗せたまま、小声で笑い出した。
傷ついて気でも狂ってしまったのかとアイリーンは心配になった。
アーサーはしばらく笑い続けたが、急に静かになった。
「エリスは僕のこと友達ぐらいにしか思ってないよね……兄上のことが好きなの?それともラジール殿下?」
アーサーの声は今にも泣きそうで悲しそうな声だった。
「エリスは王子殿下のことが好きなんです!」
エリス姿のアイリーンはあまりにも悲しそうなアーサーの声に思わず言ってしまった。
エリスの気持ちは知っているけれど、それをアイリーンが言うべきではないと思っていた。
それなのにまるで何かに誘導されるように口が動いてしまった。
アーサーは飛び起きた。
そしてエリス姿のアイリーンの両肩を掴んで顔をのぞくようにして見つめた。
「本当に?」
エリス姿のアイリーンは仕方なく頷いた。
アーサーはもう一度言った。
「本当に?」
エリス姿のアイリーンは答えた。
「本当です」
アーサーはエリス姿のアイリーンをぎゅっと抱きしめた。
そして耳元で囁いた。
「好きだよ……愛してる……」




