36.証拠の手紙
側妃はマーガレットを自室に呼び出していた。
「側妃様、わたくしとても嬉しいです。あまりお顔を見せない側妃様が、自室に呼んでくださるなんて光栄ですわぁ」
マーガレットは無邪気にはしゃいでいた。部屋の中をキョロキョロ見渡し、地味な上に高価な物が置いていないことを確認すると、ガッカリしていた。
「……品のない令嬢だこと……」
側妃はお茶を飲みながら小声で言った。
「え、何かおっしゃいましたか?あ、このお菓子見た目は地味だけど、美味しいですわ」
マーガレットは菓子をほおばりながら言った。
側妃は小さくため息を漏らし、嘘でもアーサーの婚約者の話を持ち出すのが嫌になった。
側妃はチラリと寝室に続くドアを見た。
ドアの向こうではエリス姿のアイリーンが聞き耳を立てていた。
もう一度ため息を吐くと側妃はマーガレット言った。
「マーガレット嬢、話はモントロール公爵から聞いています。アーサーのこと慕っていただいているとか……」
「はい、アーサー様のことは前からずっとお慕いしております!」
マーガレットは側妃が言い終わるのを待たずに返答した。
「モントロール公爵様からアーサー様との婚約の話を聞いてくださったんですよね!」
「はぁ……」
側妃は大きくため息をついた。
「そのことをなのですが、アーサーは他に慕っている娘がいるのよ」
マーガレットは少しむくれた顔して言った。
「知っています。聖女様ですよね……あんな平民……」
側妃はマーガレットの言葉に怒りを感じたが、目を閉じ気持ちを落ち着かせてから話をした。
「聖女がいる限り、アーサーは誰とも婚約をしないつもりなの。わたくしとしても、きちんとした家柄の令嬢と婚姻して欲しいのだけれど……聖女が消えてくれれば話が早いんですけどね?」
側妃は目で訴えるようにマーガレットを見た。マーガレットは俯いて少し考えていた。
「あの、側妃様。聖女様が消えれば本当にアーサー様の婚約者にしてくれるのですか?」
「マーガレット嬢は由緒あるウォール侯爵家の令嬢ですもの……ね?」
側妃が答えるとマーガレットはさらに考え込んでいた。しばらくして何かを決意したかのようで、顔をあげて話し始めた。
「実はわたくし聖女様を亡き者にしようと毒を盛ったことがあるんです」
エリスから聞いていたとはいえ直接本人から聞くと衝撃的で、側妃は動揺した。
「二回とも失敗に終わりましたけど……」
側妃は震える手を握りしめてマーガレットに尋ねた。
「もしかして、王妃、王太子の毒薬事件のことかしら?」
「そうです。でもそれはわたくしが直接やったわけではなくて、他の者に頼んだのです。だって王族殺害なんてわたくしにはできませんわ。わたくしは聖女さえいなくなれば良かったんですもの。あの後我が家の舞踏会でもワインに毒を盛って聖女に飲まそうとしたのですけれど、グラスを倒して飲まなかったのですわ」
平然と話すマーガレットが、側妃は恐ろしくなった。この先話を続けていく自信がなくなりそうだった。
側妃が眉をしかめていると、マーガレットが話の続きをはじめた。
「側妃様、大丈夫です。今度は失敗しません。モントロール公爵様にそそのかされて王妃様たちも狙ったのが失敗の原因です。聖女一人なら誰かを雇えばすぐに消せますわ」
側妃は気を取り直して聞いた。
「モントロール公爵と共謀していたのですか?」
「ええ、この計画は全てモントロール公爵様が立てたのですわ。アーサー様を王太子にして、ゆくゆくは国王にするために。舞踏会でのことはわたくしの単独ですけど。でももうアーサー様と結婚できるのなら王妃の座なんて入りませんわ」
マーガレットはまるでアーサーと婚約できたかのような口振りだった。
王妃は辛辣に言った。
「もしもこのことが明るみに出たら、公爵はあなた一人の犯行にしてしまうと思いますわ」
マーガレットは強張った顔をしたが、次の瞬間微笑んだ。
「モントロール公爵が事件に関与している証拠がありますの。手紙でやり取りしていたのですが、読んだらすぐに燃やすように書いてあったけど、全部保管していますわ」
側妃と寝室で聞いていたアイリーンは証拠が見つかったと心の中で喜んだ。
「その手紙は公爵やあなたが捕まったときに言い逃れのできない証拠にもなりますわね。アーサーが言ってましたわ、事件の真相に近づいていると」
マーガレットは焦った。
「いったいどうすれば……」
「わたくしが預かりましょう。まさか誰もわたくしが持っているなどと思わないでしょうし、側妃の部屋を勝手に家探しする者もいないでしょうから」
マーガレットは考えていた。寝室でアイリーンは聴きながらあと一歩と側妃を心の中で押していた。
「公爵が捕まってあなたの名前を出しても、証拠がなければ公爵との関係を否定できます。なんならわたくしが証言して差し上げますわ」
マーガレットは明るい顔をして言った。
「側妃様に手紙をお預けします。もしものときは証言お願いします」
側妃はほくそ笑んだ。
「ええ、もちろん間違いなく証言して差し上げますわ」
寝室でエリス姿のアイリーンは、静かにガッツポーズを決めていた。




