35.聖女の実父母
エミリアのこどもはガーレン子爵家が引き取った。
ナターシャの乳母であったエミリアの母は、ナターシャが王家に嫁いだ後、公爵家を辞めていた。
エミリアが公爵家の領地で過ごしていたことも、妊娠していたことも、亡くなるまで何も知らなかった。ずっと王宮にいるものだとガーレン子爵家は思っていた。
エミリアの葬儀のとき、ナターシャは乳母に泣きながら謝った。乳母はナターシャを責めることはなかった。
葬儀の後、ナターシャはアーサーを連れて王宮に戻った。
エミリアが亡くなって二年が経った。
モントロール公爵は病に伏せていたが逝去し、ナターシャの兄の公爵子息が爵位を継いだ。
ナターシャの兄は前公爵の遺言でアーサーを必ず国王にせよと言われていたので忠実に守ろうとしていた。
もちろん遺言だけではない。甥が国王になるわけだから当然自分に利益をもたらすと考えていた。
ナターシャは兄である公爵に、エミリアのこどもを認知する代わりに将来アーサーの後見人になることを約束させられた。
公爵夫人のナタリーは前々から婚外子がいることが気に入らなかった。
公爵夫人になってお金を自由に使えるようになると、人を使いガーレン子爵家を陥れ、家門を潰した。
ガーレン子爵家は家族バラバラになり行方知れずになった。
公爵は夫人の行いを知っても咎めることもなく、見て見ぬふりををした。
ナターシャがそのことを知ったのは数年も経ってからだった。
エリス姿のアイリーンと側妃は向かい合ってソファに座っていた。
側妃は涙で顔がびしょ濡れだった。エリス姿のアイリーンも頬に涙が伝っていた。
「あなたの本当の名前はエリシア。エリシア・モントロール。わたくしの姪であり、親友の子よ」
側妃は泣きながらさらに続けた。
「ガーレン夫妻を何年も探したけれど見つからなくて諦めかけていたの。今日あなたを見て驚いたわ、エミリアにそっくりだから」
アイリーンは思った。エリスは聞いているだろうか、どんな気持ちでいるだろうかと。
「あなたの父であるモントロール公爵とはまだ会っていないの?」
「……はい。直接お会いしたことはありません」
「そう、あなたにあったら驚くでしょうね……それともエミリアのことなど忘れてるかもね……」
エリス姿のアイリーンは思わず口を突いて出た。
「忘れてますわ!命を狙うくらいですから!」
アイリーンは失言をしてしまったと後悔をした。
「どういうこと!?エリシア?」
アイリーンは側妃が事件に関わっていないことを確信したので、何か情報を提供してもらえないかと思い、今までに得たことを側妃に話した。
「まあ!お兄様が!…………実の娘に手をかけようとするなんて……」
側妃は驚いて、しばらく俯いたまま考え事をしていた。
「……モントロール公爵がやりそうなことだと思います。王妃、王太子を亡き者にしてわたくしを王妃に、アーサーを王太子にするつもりでしょうね……」
「側妃様は王妃になりたいのですか?」
答えは分かってはいたが、アイリーンは質問してみた。
「とんでもないわ!わたくしは王族にすらなりたくなかった。いつ命をねらわれるか、ビクビクしながら暮らして……男の子が生まれて余計に心配事が増えてしまった」
側妃は震える手を握りしめた。
「だからアーサーにも目立たないようにと言い聞かせた。後継者には相応しくないように育てたわ……でも無駄だったようね。モントロール公爵にとってアーサーもわたくしもただの駒に過ぎない。アーサーのように何も知らない方が御しやすいから、かえって都合良かったのかも……」
側妃は目を閉じ唇を噛み締めた。
エリス姿のアイリーンは側妃の前に跪き両手で側妃の震える手を包んだ。
「側妃様、いいえ叔母様。終わりにさせましょう、穏やかな日常生活を手に入れるために。協力してくださいませ、叔母様」
側妃はエリス姿のアイリーンの目をしっかりと見て頷いた。そして、何か情報がないか思い巡らせていた。
「そういえば一度、アーサーの婚約者にウォール侯爵家のマーガレット嬢を勧めに来たことがあったの。わたくしはアーサーの気持ち次第だと答えたのだけれど、それから何も言ってこなくて……この間来て別の令嬢を勧めてきたから、マーガレット嬢はどうなったのか聞いてみたら『あれは手を汚したから妃に相応しくない』と言っていたわ」
モントロール公爵はマーガレットを見限ったようだとアイリーンは思った。マーガレットに全ての罪を押し付けるつもりだろう。
アイリーンはモントロール公爵を糾弾できる確かな証拠が欲しかった。
「側妃様、お願いがあります。王子殿下とマーガレット嬢を婚約させてください」
「なんですって!?そんな、罪を犯している者と婚約させるなんて……」
側妃はそれはできないとばかりに眉をしかめて首を横に振った。
「振りですわ。婚約させると言って味方の振りをするのです。そしてマーガレット嬢から何もかも聞き出して、モントロール公爵との繋がりの証拠を手に入れるのです」
「そんなに上手くいくかしら?」
側妃は不安そうにいった。
「大丈夫だと思いますわ。マーガレット嬢は本気で王子殿下のことを思っていて、殿下と婚姻を結びたいがために、犯罪に手を染める方ですもの。殿下のためだと言えば彼女はなんでもやりますわ。現に殺人未遂まで犯しているのですから」
エリス姿のアイリーンはマーガレットの使い道を考えてほくそ笑んだ。
「では側妃様、詳しく計画を練りましょうか」




