34.側妃の過去
ナターシャ・モントロール公爵令嬢、現在の側妃は幼い頃に母親を亡くし、乳母であるガーレン子爵夫人に育てられた。
乳母にはナターシャと同じ歳のこどもエミリアがいて、二人は姉妹のように仲良く育った。
ナターシャは王妃にと望んでいた父親のモントロール公爵に厳しく育てられ、唯一乳母とエミリアだけが心の拠り所だった。
ナターシャが16歳のとき、国王が病気で逝去され、一粒種であった王太子が18歳で国王となった。国王には伴侶も婚約者もまだいなかった。
宰相ら大臣たちは突然若い国王が誕生したので、周辺の諸国を牽制するため、帝国の加護をもらうべきだと判断した。
その対策として帝国に隣接する領土と引き換えに帝王の第三王女との婚姻を結んだ。
王家には嫁ぎたくなかったナターシャはこれで自分は嫁がなくて良くなったと安堵した。
ナターシャが王家に嫁ぎたくないのにはそれなりの理由があった。
先の国王にはなぜ今の国王一人しかこどもがいなかったのか、それは生まれる前に殺されていたからだ。
先の王妃は第一子を産んでから次はできなかった。
後継が一人では国の安泰を望めないと考えた側近たちは国王に側妃を娶らせたが、懐妊してもすぐに流産したり、側妃自身が原因不明の病にかかり亡くなったりした。
先の王妃が毒を盛らせていたからだ。我が子の王位継承を脅かす存在を作りたくないという理由だった。そのことが白日のもとに晒され王妃は処刑された。
先の国王は同じ過ちが二度と起こらぬよう、その後妃を娶ることはなかった。
ナターシャが幼い頃に起こった出来事だったが、少し大きくなってから乳母にその話を聞き、恐ろしくて王家には嫁ぎたくないと乳母に泣きついたことがあった。
帝国からの花嫁を迎えたことで自分は王家に嫁がなくてもいいとナターシャは思っていた。
ところがナターシャに側妃の話が持ち上がった。
王家の血筋を重んじる貴族が帝国の王女との婚姻を嫌がり反対していた。
モントロール公爵もその一人だったのだが、国の安全のために渋々承諾していた。その代わり血筋の良い側妃を娶ることを条件としたのだ。
モントロール公爵はナターシャを側妃に据えるよう国王に公言した。
国王は自分が幼い頃に起きた事件が心の傷になっていたので、側妃は娶りたくなかったが、逆に帝国の王女に危害があってはならないと考え、反対派の意見を聞き入れることにした。
父親に逆らうことができないナターシャは、帝国の王女を正妃に迎えた次の年、側妃として王家に嫁いだ。
王宮に住み始めてナターシャは極力表に出ないようにした。王妃の反感を買わぬように地味に暮らした。
エミリアはナターシャの専属侍女として王宮で働いていた。ナターシャはエミリアだけが頼りだった。
ありがたいことに国王のお渡りはなかった。国王自身悲劇が繰り返されないように心掛けていた。
王妃が懐妊し、男児を無事出産した。その一年後、再び懐妊したが流産してしまい、二度と産めない身体になってしまった。
国王は周りからプレッシャーをかけられ、一度だけナターシャと一夜を過ごした。 ナターシャはその一夜で懐妊してしまったのだ。
ナターシャは先の王妃の事件が頭から離れず、心身共に病んでいった。
ナターシャは療養のため、公爵家の領地で過ごすことになった。
公爵家の領地は緑豊かで気候も良かった。
モントロール公爵は首都にいるので、エミリアと気楽に時を過ごした。
「女の子でありますように」
ナターシャは毎日祈った。
領地に来てから六か月が過ぎ、ナターシャは無事に出産した。
男児だった。
国王からすぐに祝いの品々が届けられ、アーサーと命名された。
モントロール公爵も男児が生まれたと聞き、すぐに首都から飛んできた。
「でかした、でかしたぞ、ナターシャ!」
公爵は手放しで喜んだ。ナターシャはその姿に不安しか感じられなかった。
公爵が領地に来たその夜、事は起きた。公爵とともに来ていたナターシャの兄、公爵子息がエミリアを手籠にしたのだ。
エミリアはとても美しかった。あまり他にはないピンク色の髪がさらに美しさを引き立てていた。
公爵は国王の血を引く男児を授かったことで、いつもより多めの酒を飲み祝杯をあげていた。
もともと酒好きの公爵子息も一緒に飲みかなり酔っていた。その勢いでエミリアに手をつけたのだ。
エミリアは抵抗したが、子爵家を潰すぐらい簡単なことだと言われ、抵抗できなくなった。
数日後、公爵らは首都に戻った。
ナターシャは元気のないエミリアが気になったが、エミリアは何も言わなかった。
アーサーが生まれてニか月過ぎた頃、エミリアに異変が起きた。食事が喉を通らず、吐いてしまうのだ。
エミリアは初めてモントロール公爵子息とのことをナターシャに話した。
「お兄様、なんてことを!」
ナターシャはエミリアともに泣いた。
ナターシャはエミリアが無事出産するまで領地にいることに決めた。アーサーの安全のためにもその方が良いと考えた。
国王に手紙を出し、しばらく領地にいることの承諾を求めた。国王からは近々息子の顔を見に行くと返事があった。
返事の数日後、国王が訪れた。
執務に追われなかなか来れなかったことを詫びた。アーサーを抱きしめ、我が子の成長を側で見たいと言った。
ナターシャはエミリアのことは言わず、アーサーの安全面を考えてのことだと話した。
国王は先代の事件のこともあったので、無理強いはできず、承諾した。
季節は巡り、エミリアは女の子を産んだ。しかし、産後の経過が悪く、エミリアは亡くなった。
ナターシャはエミリアの最後の言葉だけは忘れなかった。
「この子、背中の腰のあたりにハートの形の大きなホクロがあるのよ。きっと女神様の愛を受けて生まれてきたのよ」




