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31.鍵

 エリス姿のアイリーンは鍵をどこに置いたか、自室を見渡しながら考えていた。


「隠せそうなところは全て探したし……」


 大したものだと思っていない鍵をわざわざ隠すわけがない。忘れていたぐらいだから、エリスの部屋から持ち出してそのままなのではないかと考えた。


「そういえば、エリスの部屋で見てからの鍵の記憶が全くないわ。鞄には確かに入れたのを覚えている……」


 アイリーンはエリスの持ち物を運んだ鞄を取り出した。

 あの日侍女に部屋まで運んでもらい、エドワードが帰った後、持ってきたものをタンスに片付け、小物はドレッサーの引き出しに入れた。しかし、ドレッサーには鍵はなかった。

 鞄の蓋を開け見渡したが何もない。蓋についているポケットに手を入れてみたがない。

 諦めて蓋を閉めようとしたとき、蓋の中で何かが動いたような音が微かにした。

 アイリーンはもう一度ポケットに手を入れ、隅々まで丁寧に触った。


「あったわ!」


 ポケットの中の端の方が綻びていて、小さな穴が開いていたのだ。その穴に鍵が入り込んでいた。

 アイリーンは指を使って穴を広げ、鍵を取り出した。

 そのとき、ドアのノックの音が聞こえた。


「聖女様、第二王子殿下がお見えになっています」


 アイリーンは鍵をクローゼットにしまったケースの上に置きながら侍女に答えた。


「すぐに行きます。応接室にお通ししてください」


 エリス姿のアイリーンが応接室に入ると、アーサーは窓際に立ち少し険しい顔をして遠くを見つめていた。


「第二王子殿下にエリスがご挨拶申し上げます」


 アーサーはエリス姿のアイリーンを見ると、先ほどまでの険しい顔とは打って変わって、優しい表情になった。


「やあ、エリス。晩餐会以来だね」


「そうですわね。殿下、少しおやつれになられたのでは?」


 エリス姿のアイリーンはアーサーのこけた頬を見て心配になった。


「はは、精悍な顔立ちになったつもりだったけど……」


 アーサーは苦笑いした。


「兄上の代わりに執務を手伝っていてね。ますます尊敬するよ、兄上のこと。あんなに業務をこなしていたなんて……僕には到底無理だよ……」


「それで、逃げ出してここに来られたのですか?」


 エリス姿のアイリーンは少し辛辣に言った。


「ひどいな、エリス。ちょっと休憩しているだけだよ」


 エリス姿のアイリーンはにっこり笑って、アーサーにソファに座るように促した。それから侍女にお茶と甘めのお菓子を頼んだ。

 アーサーはソファに座りため息をついた。


「兄上の行方はまだわからないんだ。父上は半ば諦めたのか、前よりずっと落ち着いている。僕の周りの人間はいよいよ僕を王太子にって躍起立っているよ」


 アーサーは面白くなさそうに言った。エリス姿のアイリーンは黙って聞いていた。


「僕に王太子だなんて背負いきれないよ。現に執務だってこなせていない。どうしたらいいのか、わからないんだ」


 ドアのノックの音がして侍女がお茶を持って来たことを告げた。エリス姿のアイリーンはドアを開け、お茶とお菓子を受け取り、テーブルの上に置いた。


「殿下お茶を飲みましょう。お菓子も召し上がってください。甘いものを食べると少しは元気が出ますわ」


 アーサーはエリス姿のアイリーンに勧められてお茶を飲んだ。

 お菓子も口に入れた。お菓子を口の中で噛みながら涙が込み上げてきた。

 アーサーはエリス姿のアイリーンにばれないように、ティーカップを取り飲むふりをして顔を隠した。

 アイリーンはその様子に気づいていた。静かに立ち上がりアーサーの横に座った。

 そしてアーサーの後ろから腕を回し、頭をそっと自分の肩に乗せた。

 アーサーはしばらく声を殺して泣いた。


(王子殿下はこどもの頃から泣き虫だったけれど、変わりませんわね)


 アーサーは泣きやんでもそのままエリス姿のアイリーンの肩に頭を寄せたまま、話を始めた。


「エリスは僕より年下なのにしっかりしてるよね。バクルー公爵令嬢も僕と同じ歳なのに僕より全然しっかりしているんだ。二、三年前までは兄上を取られたくなくて張り合ってたんだけど、知識も教養も全くかなわなかった。」


 アイリーンは頷きながら聞いていた。アーサーは続けた。


「僕は母上から目立たずおとなしく生きなさいと言われて育ったんだ。知識も教養も普通でいい、生きることの方が大事だと。国を背負うものになる必要はない、自由に生きなさいって言われてきたから、今更王太子なんて……」


 エリス姿アイリーンは思わずアーサーの肩を両手で掴んだ。


「それって本当ですの!?」


「?…ああ……」


 アーサーは驚いて瞬きをした。アイリーンはすぐに冷静さを取り戻しアーサーの肩から手を離した。


「申し訳ありません、殿下」


 エリス姿のアイリーンは頭を下げた。


「いいよ、気にしてない。ちょっとビックリしただけ」


 アーサーは笑い飛ばした。


「あの、殿下。先程のお話は本当ですか?側妃様が王太子を望んでいないと」


「本当だよ。だからこんな風に自由に育ってしまったんだよ。母上自体も表に出ることを異常に嫌がってるからね。だから、今度のことでもかなり憔悴してる。僕を王太子にしたくないと」


 アイリーンは事件のことを考えた。

 側妃様が関係ないとなるとそこに関わってくる者たちの立ち位置が微妙になる。

 アイリーンが難しい顔をしているとアーサーが側妃を擁護するように言った。


「母上は世間で言われているような人じゃないんだ。自分が王妃になろうとか微塵も思っていない……そうだ、今度母上に会ってよ。エリスのことはよく母上に話していて、会いたがってたから」


 エリス姿のアイリーンは願ってもない申し出に即答した。

 アーサーは側妃の都合を聞いてから連絡すると言って執務に戻った。


 アイリーンも急いで自室に戻り、クローゼットからケースと鍵を取り出した。

 緊張しながら鍵穴に鍵を差し込む。鍵を回すとカチャリと音がした。

 ゆっくり蓋を開けた。

 中に入っていたのは二つ折りにされた紙切れだった。


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