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30.二重人格

 ラジールは座り込んだエリスを抱き抱えようとしたとき、エリス姿のアイリーンが目を覚ました。


「殿下、大丈夫ですわ。力を使いすぎて少し眩暈がしただけですの」


 そう言ってエリス姿のアイリーンは立ち上がり孤児院に向かって歩き始めた。


「でも、寝不足もあるから無理してはいけないよ」


 ラジールは心配そうに言った。


「ええ、今日はここまでにします。殿下も付き添ってくれてありがとうございました」


 エリス姿のアイリーンはそう言って孤児院に寄り、院長にまた数日後に訪れることを伝え、挨拶をして馬車に乗り込んだ。

 ラジールも馬車に乗り向かいに座って、じっとエリス姿のアイリーンを黙って見ていた。


「なんですの、殿下?そんなに見られたら穴があきますわ」


 アイリーンはラジールを見据えて言った。


「……何でもないよ。エリスチャンが美しすぎてちょっと言葉を忘れていただけさ」


 ラジールがそう言ってウインクをすると、エリス姿のアイリーンは少しだけ微笑みを返し横を向いた。


「……だよねぇ……」


 ラジールはエリス姿のアイリーンを見ながら大きく首を傾げた。

 エリス姿のアイリーンは何事かとでも言うようにラジールを見ながら目を見開いて小さく首を傾けた。


「いや、気にしないで……そんなことよりエリスチャンの力って凄いよね。近くで見てて驚いたよ!なんであんなことができるの?」


 ラジールは目を輝かせて答えを待った。エリス姿のアイリーンは素知らぬ顔をして横を向いた。


「ねえねえ、ねえねえ、エリスチャン!教えて、教えて!」


 あまりにもラジールがしつこいので、アイリーンは横を向いたままそっけなく答えた。


「女神様の力」


 ラジールはさらに目を輝かせた。


「女神様の力!すっごぉいね、エリス!本当に聖女なんだね!」


 エリス姿のアイリーンは嬉しくもなんともなかった。褒められているのはエリス自身だし、アイリーンはただ眠っていただけにすぎない。


 馬車が王宮に着いた。


「なーんだ、もう着いちゃった。エリスチャンとのデートもう終わり?」

 

 ラジールが言うとアイリーンはすかさず言った。


「デートをした覚えはありませんわ」


 そう言いながら馬車を降りた。ラジールも慌てて降り、エリス姿のアイリーンにお茶を一緒にしないか尋ねた。


「今日は疲れたので部屋でゆっくり休みますわ。殿下、今日はわたしに付き合っていただきありがとうございました」


 そう言ってお辞儀をするとエリス姿のアイリーンは離宮に向かってスタスタと歩いて行った。

 ラジールは目を細めながらエリス姿のアイリーンを見送った。



 ラジールが部屋に戻ると、しばらくしてエドワードが戻って来た。

 エドワードはラジールの部屋に入るとすぐにエリスはどうだったか尋ねた。


「エリスは凄いね。患者の手を握って祈り出すと、エリスの身体から淡い光が放出されて患者を包み込むんだよ。そうすると患者の怪我が治るんだ!」


 ラジールは少しだけ興奮気味に言い、続けて話した。


「ずっと見ていて気づいたんだけど、怪我みたいな目に見えてわかる傷病にはたちまち効果が現れるみたいだけど、原因がわからないものや長年患っている病気に対しては、症状を和らげたり、何回かしないと完治できないようだね」


「そうなのか……エリス殿自身は大丈夫だったか?」


 エドワードの質問にラジールは指を顎に置いて首を傾げた。


「どうした?エリス殿に何かあったのか?」


 エドワードはラジールの態度に不安を感じて急かすように聞いた。


「うーん……エリスって二重人格者なの?」


 エドワードは困惑した顔で質問を返した。


「どういう意味だ?」


「今日さ、行きの馬車の中で眠ちゃったんだよね、エリス。まあ、寝てなかったから当然なんだけど……でもすぐに起きてさ、俺の顔見るなり真っ赤になって、それっきり俯いたまま話さなくなったんだ」


「それだけ?それだけでは…」


 ラジールはエドワードの言葉を遮るように話しを続けた。

 孤児院で話す言葉使いが今までとは違いまるで平民そのものだったこと、こどもと食事をする際に食べ物を共有しても全く気にしていなかったこと、表情がまるで違ったことをあげた。


「エリス殿は孤児院で育ったからな、別におかしいことではないと思うが?」


 ラジールは驚いた。


「えっ、そうなの!あの気品や優雅さはこどものときから身につけないと難しいよ。だからてっきり貴族出身だと思ってた……帰るときにはまたいつものエリスに戻ってて……使い分けてるのか?」


 ラジールは真剣な顔で考えた。


「でも、使い分けていたとして、俺への態度もあんなに変える必要がある?ウインク一つに全く違った態度を取った。あれはまるっきり別人だ」


 エドワードもまた考えていた。

 確かに王宮に来た頃のエリスと今のエリスは別人のように見えた。事件のことがあって変わったのだと思っていた。しかし、以前のエリスの要素が全く感じられないのだ。ラジールの言うように二重人格者だとすれば合点がいく。

 エドワードとラジールは顔を見合わせた。


「俺としては高飛車なエリスチャンが好みだけどね。あの目に、あの口に虐げられたい……」


 エドワードはラジールを睨みつけ、拳を顔の前で見せた。


「まあ、エリスチャンのことは事件解決後に考えるとして……でどうだった?収穫はあった?」


「ああ……」


 エドワードは付け髭とターバンを外して真剣な顔をした。



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