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29.孤児院での治癒

 翌朝、ラジールがエリス姿のアイリーンの部屋を訪ねた。


「おはようエリスチャン。ラジールだけど、朝食一緒に食べようよ」


 ラジールはドアをノックしながら返事を待った。

 エリス姿のアイリーンがドアを開け、ラジールがエリス姿のアイリーンの顔を見て驚いた。


「エリス!どうしたの?目の下、隈だよ!」


「ちょっと眠っていなくて……」


「えっ!」


 ラジールはエリス姿のアイリーンを抱き上げた。


「で、殿下?何を……」


 エリス姿のアイリーンが言い終わる前にベッドに寝かされた。


「ダメだよ、ちゃんと眠らないと。トントンしてあげるからね」


 ラジールはそう言ってエリス姿のアイリーンの肩を優しく叩き始めた。


「殿下、眠るわけにはいかないのです。用事があって出かけなければならないのです」


 エリス姿のアイリーンはベッドから降りた。ラジールは残念そうに言った。


「エリスが寝たら添い寝しようと思ってたのに……で、どこ行くの?送って行くよ?」


「大丈夫ですわ。いつも王室の馬車を使わせていただいてますから」


 ラジールは少し考えてから、エリス姿のアイリーンを気遣うように言った。


「わかった。とりあえず朝食食べよう?俺の部屋に用意してもらってるから」


 エリス姿のアイリーンはラジールについて行った。ラジールの部屋で変装したエドワードが待っていた。


「おはようございます、王太子殿下。エリスがご挨拶申し上げます」


 エドワードは黙って頷き、じっとエリス姿のアイリーンの顔を見ていた。


「あれれ、ドーワ君。先に食べていてくれて良かったのに。用事があるって言ってたでしょ?」


 ラジールが面白がって言うと、エドワードは眉間に皺を寄せて低い口調でいった。


「主君より先に食事を済ませるわけにはいきませんから」


「ふふん。俺がエリスチャン呼んでくると言ったから待ってたんでしょ?」


「…………」


「素直じゃないなー。ちょっとは俺を見習いなよォ」


「おまえのは見境がないと言うんだよ……エリス殿顔色が優れないようだが」


 エドワードは心配そうにエリス姿のアイリーンを見つめた。


「そうなんだよね。でも用があって出かけるんだって、心配だよね」


 エドワードは無意識にエリス姿のアイリーンの頬に手を当て親指で目の下の隈をそっと触れた。


「あ、あの、殿下……」


 エリス姿のアイリーンはびっくりした。ラジールも叫んだ。


「ぎゃーっ、エドワード!何やってんの!」


 エドワードはハッとし、慌てて手を後ろにまわした。


「すまない、エリス殿……」


 エドワードは口を手で押さえ、顔を背けて言った。


「……今日は孤児院に?」


 アイリーンは少し熱くなった頬に手を当てながら、目を合わすことができずに答えた。


「はい。今日行くと約束しましたので」


「なに、なに?エリスチャン、孤児院に奉仕に行くの?」


 ラジールが問いかけると、エリス姿のアイリーンが答える前にエドワードが言った。


「エリス殿は聖女の力で平民の治癒をしていたんだ……エリス殿、力が戻ったのか?」


「はい、たぶん……」


「そうか……君が力を使えなくなったのはいつもわたしを治癒した後だから、力の使いすぎではないかと気になっていたんだ。戻ったのなら良かった」


 エドワードは心配しながらも安堵した。


「俺も一緒に行っていい?エリスチャン」


 エリス姿のアイリーンとエドワードの間にラジールが割って入った。


「そうだな……今日わたしは事件のことで人と会う約束をしている。エリス殿の顔色が優れないから、ラジールが一緒の方がまだ安心だ」


「エドワード君。用がなければ自分が行くのが当たり前なような言い方だね。まるでエリスチャンの恋人気どり……イテテテテ」


 エドワードはラジールの耳を引っ張った。


 三人は一緒に朝食を摂った。エリスが野菜だけ全部食べて他を残しているのを見てラジールが言った。


「エリスは野菜しか食べないの?」


「今日はあまり食欲がなくて…眠いからだと思いますわ」


「じゃあ、俺の野菜あげるよ。そっちのお肉と交換しよ」


 そう言ってラジールがお皿を交換しようとして、エリス姿のアイリーンは止めた。


「殿下、人の食べかけを食べるなんてやめた方がよろしいですわ」


「あ、そう?俺はあまり気にしないけどね」


 そう言ってラジールはエリス姿のアイリーンの食べ残しを食べたが、アイリーンはラジールがくれた野菜に手をつけなかった。


「おまえは本当に王族か?」


 エドワードがラジールに向かって呆れて言った。


 朝食を済ませると先にエドワードが出かけた。

 エリス姿のアイリーンとラジールは王室の馬車に乗り、孤児院に向かった。


 エリス姿のアイリーンは、馬車の揺れも相まって眠気を抑えられなかった。ラジールが何か話しかけてくれていたが、ほとんど聞けないまま眠りに落ちた。


「エリスチャン、寝ちゃったの?」


 ラジールはエリスの顔を覗き込んだ。その瞬間、エリスの目が開いた。


「きゃあ!」


 エリスはすぐ目の前にいたラジールに驚いて声を上げ、両手で頬を覆い俯いた。


「うわぁ、ごめん、エリス。寝たのかと思って覗き込んだだけだよ?」


「い、いえ、こちらこそごめんなさい。大きな声を出して……」


 エリスはずっと俯いたまま黙っていた。ラジールも話しかけにくく、いつもの冗談も言えずに孤児院に着いた。

 ラジールは先に降りて手を差し出した。エリスは戸惑いながら差し出された手に指先を乗せた。


「ありがとうございます」


 エリスは馬車から降りるとすぐに手を引っ込め、丁寧にお礼を言った。


「あ、いえ、どういたしまして」


 ラジールはウインクした。エリスは驚いたような顔をした後、少し顔を赤らめて俯いたままお辞儀をして孤児院に入って行った。

 ラジールは何か違和感を感じながらエリスの後をついて行った。

 

 孤児院の中では今か今かと待ち侘びているこどもたちと住民が大勢いた。


「まあ、エリス。来てくれたのね、良かったわ。昨日のことを聞きつけた方がたくさん来て待っていたのよ。ごめんなさいね」


 院長が順番に並んで待たせていて、院長室に一人ずつ入れて、エリスが治癒した。

 ラジールは院長室の隅で壁にもたれて、腕を前で組んでじっと治癒の様子を見ていた。

 エリスはひと通り治癒が終わると食事をこどもたちと一緒に取った。ラジールも勧められて一緒に食卓についたがほぼ食べず、エリスもラジールも自分の分をこどもたちに分け与えた。

 食事が終わると、エリスは孤児院に足を運べない人の家に行って治癒した。何軒か回った後、エリスは何か感じたような顔をして残念そうに言った。


「力が尽きたみたいです………」


そう言うや否やエリスは座り込んだ。



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