27.孤児院
晩餐会の後、離宮に戻ろうとしているエリス姿のアイリーンを、アーサーが呼び止めた。
「久しぶりだね、エリス。顔が見れて嬉しいよ。どこに行っていたの?」
「殿下、お久しぶりです。陛下の命を受けて隣国に……」
アイリーンはそれ以上は言えないので視線を逸らして考えた。
「陛下直々の命令なら言えないよね、ごめん聞いて」
エリス姿のアイリーンは微笑んだ。アーサーはこういうとき、いつも気を遣ってくれる。アーサーといると癒されるとアイリーンは思った。
「離宮まで送って行くよ」
「ありがとうございます、殿下」
二人は何も言わずただ歩いた。
途中でアーサーがそっとエリス姿のアイリーンの手を握った。アイリーンは一瞬振り払おうとしたが、なぜかしてはいけない気がしてそのままにした。胸の奥深くから鼓動が鳴っている気がした。
離宮の入り口前まで来ると、アーサーは名残惜しそうにエリスの手を握りしめていた。アイリーンはアーサーがその手を離すまでじっと待っていた。アーサーは手の甲に口付けをして、「またね」と言って去った。
エリス姿のアイリーンは自室に帰り、そのままベッドに横になった。
(アーサーへの気持ちはなんなのかしら?わたくしにはエドワード様がいるのに……)
旅と晩餐会の疲れが出たのかすぐに意識が薄れていった。
次の日の朝。エリス姿のアイリーンがベッドから起き上がろうとしたら、枕元に手紙が置いてあった。アイリーンが手に取ってみると、その手紙はエリス本人からだった。
「アイリーン様が深く睡眠に入るとわたしの意識と交代できることがわかりました。わたしの意識は常にアイリーン様の意識に依っていて状況を把握できる状態です。
アイリーン様もわたしの感情部分を共有しているようです。前に伝えきれなかった証拠ですが、鍵をかけたケースに入れて、わたしの育った孤児院の院長に預けてあります。わたしの育った孤児院はモール教会の横にある孤児院です。鍵は前にアイリーン様が見つけた鍵です。前にも言ったようにその証拠はある方を犯人にしてしまいかねないものです。どうか真犯人が誰かはっきりするまで公表をしないでください。お願いします。ご迷惑かけてすみません。 エリス」
アイリーンは読み終わると丁寧にたたんで、誰にも見つからないようにドレッサーの引き出しを抜いてその奥に隠した。
(聖女の力が必要になったら、わたくしが深く眠れればよろしいわけね。良かったわ、方法が見つかって)
エリス姿のアイリーンは朝食を終えるとすぐに王宮の馬車を借りて孤児院に向かった。
エリスが育った孤児院ならエリスのことをよく知っているだろうから、ボロが出ないように早く事を済ませなければとアイリーンは思った。
孤児院に着くと院長が笑顔で出迎えてくれた。
「まあ、まあ、エリス、久しぶりね。元気だった?王宮で忙しくしているの?」
「はい……前にお預けしたケースを返していただきたくて……」
「ああ、あのケースね。ちょっと待っててね」
エリス姿のアイリーンが入り口で待っているとこどもたちが集まって来た。
「わぁ、エリスお姉ちゃんが来てる!」
「本当だ!エリスお姉ちゃん!」
「どうしてずっと来なかったの?」
「ねえ僕ここ怪我したの、治して!」
こどもたちの大きな声で近所の人も集まって来た。
「まあ、エリス!ちょうど良かったわ。うちの旦那が腰抜かしちまって……」
「エリス、待ってたんだよ、ちょっと来ておくれ」
「あら、ダメだよ、うちのこどもが熱出して、うちに先に来ておくれ」
エリス姿のアイリーンは戸惑っていた。
(どうしましょう?エリス様に任せる?いいえ、ダメですわ、昨夜ぐっすり眠りましたもの、今眠れませんわ)
そこに院長がケースを持って出て来た。
「まあ、まあ。皆さん落ち着いて。エリスは今日は別の用で来たのよ。今日は勘弁してあげてくださいな」
こどもたちや近所の者たちが口々に何かを言い、辛そうな顔をしていた。
「わ、わかりましたわ。今日は用事があるので、明日、明日の朝、必ずまいります」
そう言って院長からケースを受け取り、急いで王宮に戻った。
(エリス様は偉いわ。あんなにたくさんの人を救って、あんなに民に慕われて……わたくしなんて、公爵令嬢という名を盾にして、偉そうにしていただけだわ……)
アイリーンは持って帰ったケースを開けようと鍵を探したが、どこに置いたのか忘れてしまい、見つからなかった。
(わたくしどこに置いたのかしら?あのとき、それどころじゃなかったし、さほど重要なものと思っていなかったから……)
ドアをノックする音がした。
「聖女様、お客様がお見えです」
アイリーンはケースをクローゼットの奥深く隠してからドアを開けた。
「見覚えのない殿方がお二人、玄関で待たせています」
「わかったわ」
エリス姿のアイリーンが玄関に行くとラジールと側近ドーワ(エドワード)がいた。
「やあ、僕のエリス!会いたかったよ!」
ラジールは両手を広げてエリス姿のアイリーンに抱きつこうとしたが、エドワードに後ろ襟を掴まれて動けなかった。
三人は庭園でお茶を飲んだ。
「今日は何かご用でも?」
ラジールがエドワードを見ながら芝居かかった口調で言った。
「君に会いたかったんだ。昨日は会えなかったから。毎日会いたい……これ、ドーワの気持ち!」
「…………」
「すぐそばに婚約者殿がいるのに会えないのは拷問だねぇ、ドーワ?」
ラジールは面白がっているようだった。エドワードは真剣な顔で言った。
「他国の者に会えば、それこそ反逆者だと思われてしまうだろう。まだ疑いが晴れたわけではないのだから。それより、事件の進捗を共有しようと来たんだが」
ラジールが口を挟んで言った。
「そうそう、首謀者の目星がついたんだって」
「首謀者が!」
エリス姿のアイリーンは立ち上がって叫んだ。




