26.晩餐会
エリス姿のアイリーンは国王との謁見の後、離宮に行った。
「まあ、聖女様。お久しぶりでございます。少しの間留守にすると申していたのに、一ヶ月近く帰って来られないので、皆心配していたのですよ」
侍女が寄って来て言った。
「いろいろありましたの。アイリーン様はお元気かしら?」
侍女は少し目線を下げた。
「それが……王太子殿下も聖女様もいなくなってしまわれて、ほとんど部屋から出て来ないのです。食事も毎回残しています」
「そう……」
エリス姿のアイリーンは、アイリーンの姿をした誰ともわからない者の部屋を訪れた。ドアをノックしたが返事がなかった。そっとドアを開けるとアイリーン姿の正体不明者はベッドで眠っていた。
アイリーンは傍の椅子に腰掛けた。
(あなたは一体どなたなの?)
アイリーンは大きくため息をついた。ふと見ると、アイリーン姿の不明者の右小指の爪が傷んでいた。
(そういえば、離宮に来た頃爪をよく噛んでいたわね。元気になってから見かけなくはなっていましたけど……不安になると噛んでしまわれるのね。わたくしの爪なんですから、もっと大事に扱って欲しいですわ)
エリス姿のアイリーンがアイリーン姿の不明者を眺めながら考えていると、目を覚ました。
「まあ!エリス様!お帰りなさい!」
そう言いながらアイリーン姿の不明者は起き上がった。
「ただいま戻りました」
「良かったです。エリス様もエドワード様のように戻らないかと不安でした…」
そう言ってアイリーン姿の不明者は涙ぐんだ。
「心配おかけしました」
エリス姿のアイリーンはそう言うと、アイリーン姿の不明者に耳打ちした。
「王太子殿下も無事です。事情があり療養中のままですが、元気にしておられます」
「エドワード様が!」
アイリーン姿の不明者は喜びで涙が溢れて止まらなかった。
「誰にもおっしゃらないでください。そのうち会いに来てくださると思います。だからしっかりと食べて元気出してくださいませ」
アイリーン姿の不明者は涙を流しながら、何度も頷いた。
エリス姿のアイリーンは北宮に行き、自分の荷物を離宮に運ぶように侍従に頼んでいると、ラジールが現れた。
「なに、なに、エリスチャン移動するの?誰にも邪魔されず、まったりとエリスチャンと夜を過ごそうと楽しみにしてたのに」
「もう婚約者のフリしなくてもよくなったのですから、わたしがここにいる理由はありませんわ。それにエドワード様はまだ側近としてこちらで過ごされるのでは?」
「えーそうなのぉ?エドワードこそ自室に帰ればいいのに。じゃあさ、俺がエリスチャンのところへ行くよ」
ラジールはそう言ってウィンクした。そこへ部屋で荷物の整理をしていた側近姿のエドワードが来た。
「誰が誰のところへ行くって?」
「やあ、側近君。何も言ってないよ」
エドワードは何か考えているらしく、髭を触りながら視線を泳がせていた。
「側近君?どうした?髭が歪んじゃうよ?」
「…その側近の名前だが、ドーワと呼んでくれ」
ラジールとエリス姿のアイリーンは目を合わせて声を出さずに笑った。
「いやぁ、ドーワ君ねぇ。安易な発想だねぇ」
「おまえがここにいる間は側近として過ごすから、わたしを呼ぶのに名前が必要だろう」
「了解。ではドーワ、さっそくお仕事です。俺の荷物も片付けて?」
「そんなこと、侍女に頼め!」
エドワードはラジールを睨みつけた。それからエリス姿のアイリーンの方に向いて微笑んだ。
「離宮に戻るのか?」
「はい」
「そうか…わたしもアイリーンに会いに行きたいのだが、アイリーンは軟禁の身だ。他国の者の姿で会いに行くわけにはいかない。事件が解決するまでアイリーンをお願いする」
「承知いたしました」
ラジールとエリス姿のアイリーンは晩餐会に出席した。他には王妃とアーサーと宰相が出席していた。
側近であるエドワードにはもちろん席がない。ラジールの席の近くの壁際に立ち様子を伺っていた。
側妃の席もあるが欠席している。ブーリン卿も国王の席の近くに立っていた。
国王はワイングラスを持ち、
「ラジール王太子、今日はエドワードのためにご足労していただいたこと、心より感謝する。我が国と隣国の栄光に乾杯!」
国王はグラスを掲げた。ついで他の者も倣った。
「エリス、久しくお会いしなかったけれど、変わりはない?」
王妃がエリス姿のアイリーンに声をかけた。
「はい、王妃様。健やかに過ごしております」
「そういえば、エリスはラジール王太子の婚約者と聞いていたが、まさか本当ではないな?」
国王が重々しい声で聞いた。
「はい。エリス殿も狙われているとお聞きしたもので、敵の目を欺くための手段です。わたしとしてはこのまま真実に転換しても良いと考えていますが?」
ラジールはしれっと言い放った。国王の顔が歪んだのを見てエリス姿のアイリーンがすかさず弁明した。
「陛下、ラジール王太子殿下はいつもこのような調子で冗談を申しますの」
「そうか、エリスは隣国に嫁ぐ気はないのだな?」
「もちろんでございます」
「ということだ。諦めて帰ってくれ、ラジール王太子」
国王は先ほどとは違い笑いながら軽口で言った。
「はは、実はもう何度も振られておりますから」
ラジールも場を明るくするように言った。
エリス姿のアイリーンは、アーサーのことを時々見ていた。
エリスがラジールの婚約者とは本当か国王が聞いたとき、アーサーの顔は驚きと困惑が混ざった表情をした。アイリーンが弁明をすると安堵の表情になり、ラジールの最後の言葉には怒っているようだった。
そんなアーサーが可愛く、愛しく感じてずっと見ていたい気持ちになった。




