25.帰国
ラジール王太子一行は城を出て隣国に向かった。
ラジールと側近を乗せた馬車、ラジールの婚約者とその侍女を乗せた馬車、手土産を積んだ荷馬車、騎士及び兵士三十人を伴っていた。
「少し、大袈裟な気もするが……」
ラジールと一緒の馬車に乗っている側近が呟いた。
「俺は王太子だよ、このくらいあたりまえさ」
側近は黙っていた。
「僕の婚約者はどうしているかなぁ。一緒の馬車に乗りたかったのに誰かさんが反対するからなぁ」
「…………」
「僕の婚約者だからさぁ、途中の宿は同室で予約してるんだよねぇ。いやぁ、宿に着くのが楽しみだなぁ」
側近は急に立ち上がり拳を握りしめて振り上げた。
「わあー、ウソウソ!ちゃんと別室だよ。もう、すぐ本気にするんだから……ほら怒るから髭が歪んじゃったよ?」
側近は髭の歪みを直しながら腰掛けた。
「その髭、めちゃくちゃ似合ってるよ。エ・ド・ワー・ド・君!」
ラジールはエドワードが病に伏せっていることになっているのを利用して、エドワードのお見舞いという名目で使節団の派遣を要請し、実行に移した。
エドワードは変装してラジールの側近、エリス姿のアイリーンはラジールの婚約者として同行していた。
「ねぇ、ねぇ、上手く考えたでしょ。いつも貶してくるんだから今回は褒めて、褒めて!」
ラジールは両手を腰に当て鼻高々に言った。
「衛兵が多すぎないか、警戒される人数だぞ」
「大丈夫だよ、首都に入る前に減らすから。道中長いからね、危険回避のためさ」
「すまない、わたしのために。あらためて礼はするつもりだ」
エドワードは頭を下げて誠心誠意お礼を言った。
「やだなー、エドワード君。俺はエリスチャンのためにしてるんだよね。礼なんかいらないよ。なんなら、お礼はエリスチャンで……」
エドワードはラジールを睨んだが、本心ではないことはわかっていた。エドワードは心の中で深く頭を下げた。
隣国を出てから三日目、首都に着いた。馬車三台と騎士三名がそのまま王宮に向かった。
王宮に着くと馬車は北宮に案内された。それぞれ部屋に案内され、荷物を運んでもらい、すぐに謁見の間に案内された。
謁見の間の扉の前に着くと、扉の前にいた衛兵が身振りで待つように指示し、別の衛兵が中へ入って行った。
しばらくして戻って来た衛兵は、
「王太子ラジール殿下並びに婚約者殿、側近の方のみ入室許可します。三名の騎士殿はこちらでお待ちください」
と言って三人を謁見の間にいれた。
奥に進むと壇上に国王が座っていた。ラジールは先に進み挨拶をした。
「国王陛下にラジール・オ・フォレストがご挨拶申し上げます」
国王は頷いた。
「はるばる隣国からエドワードのためにご苦労である。礼を申す。しかしせっかく来られたが、エドワードは東方にある別宮で療養中なのだ」
「そうでございましたか。実は陛下にお耳に入れたいことがございまして……」
「余にか」
「はい、できればお人払いを……」
国王はしばし考えたが、側にいたブーリン卿に人払いを申し付けた。ブーリン卿は人払いをし、誰もいなくなったか確認のため、謁見の間をひと回りしてから国王の近くの元いた場所に立った。
側近姿のエドワードはラジールに耳打ちをした。ラジールは頷き、国王に言った。
「おそれながら、そちらの護衛の者にも退去を命じていただけますか?」
「何を言っている!他国の人間がいる場所に陛下だけ残しておけるわけがないだろう!」
ブーリン卿は今にも剣を抜きそうな勢いで言い放った。
「ブーリン卿、控えよ。この者は隣国の王太子であるぞ」
「しかし…」
国王は手でブーリン卿を制した。
「ラジール王太子、余は一国の王であるがゆえ、余程のことでもない限りそなたの希望を聞くわけにはいかぬ。何か余程の理由があるのか?」
ラジールは困った。エドワードはまだ正体を明かしたくないようなので、理由が見つからない。ラジールは考えあぐねていた。
ブーリン卿が待ちきれず、口を切った。
「いくら隣国の王太子といえど、国王陛下の意に沿わぬ用命、不届である!即刻退室なされよ!」
そのとき、ラジールの後ろに控えていた、ベールに身を隠しているエリス姿のアイリーンが前に出た。
「無礼者!陛下の言葉もなしに誰が前に出ている!」
ブーリン卿はさらに激しく怒鳴った。
エリス姿のアイリーンはゆっくりベールを脱いだ。ブーリン卿は驚いた。
「陛下にエリスがご挨拶申し上げます。ただいま戻りました、陛下」
「おお、聖女エリス、戻ったか」
国王は立ち上がり、自らエリス姿のアイリーンのもとに行った。国王はエリス姿のアイリーンの手を両手で握りしめた。
「して、どうだったのだ?」
「陛下、その前にお人払いをお願いします」
そう言いながらエリス姿のアイリーンはブーリン卿の方を見た。
「ブーリン卿、退室せよ」
「しかし…」
「余の命令だ、聞けぬのか?」
「……承知しました」
そう言うとブーリン卿は渋々退室した。
ブーリン卿が退室したのを確認するとエドワードはターバンと髭を外した。
「おお、エドワードよく無事で……」
国王はエドワードの全身を隈なく眺め、肩を抱いた。
「陛下、ご心配おかけしました」
エドワードも国王を抱きしめた。国王の目から涙が流れた。エドワードの目にも涙が溜まっていた。
「ラジール王太子、此度の件、礼を言うぞ。聖女エリスもご苦労であった。今宵、晩餐会を開く予定だ。それまで旅の疲れを癒してくれ」
国王はラジールとエリス姿のアイリーンに告げると、エドワードの肩を再び抱いた。
「エドワードは余の部屋でゆっくり語ろう」
「ありがとうございます、陛下。しかしながら、わたしはまだ療養中ということにしておいていただけませんか?」
「何故にだ?」
「暗殺の首謀者を探すためです」
国王はしばらく考え、エドワードの肩をポンと叩いた。
「くれぐれも無理せぬようにな」
エドワードは黙って頷いた。




