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23.隣国王太子

 エドワードがラジールに手紙を出して三日後、ラジールが数人の兵士を連れて密かに村にやって来た。


「エドワード、大丈夫か?」


 薪割りをしていたエドワードが怪訝そうにラジールと兵士を見た。


「ラジール、目立たないように来てくれと書いたはずだが?」


「四、五人兵士がいたとて目立たんだろう?それとも何か、この国の王太子に護衛もつけずに来いと?」


 ラジールは両掌を上に向け、首を窄めておどけてみせた。エドワードはその姿を見て鼻で笑った。


「我が国の聖女様は、たった、一人でわたしを助けに来たが?」


「なんと!それは勇敢な。して、その勇敢な聖女様はどちらに?」


 エドワードは黙って薪割りの続きを始めた。


「ええっ、シカトですかぁ?俺に会わせたくない理由でもぉ?」


「その言い方、鬱陶しい。もうすぐ終わるから待て」


 エドワードは割った薪を小屋の中に片付けると、ラジールと家の中に入った。家の中はスープとパンのいい匂いがした。エリス姿のアイリーンが鍋のスープをかき回していた。


「殿下、ちょうどお昼のスープができたところです。召し上がりますか?」


 そう言ってアイリーンが振り返ると、エドワードと一緒に見覚えのある顔の男が立っていた。


「エリス殿、こちらはこの国の王太子ラジール殿下です」


 エドワードは少し不機嫌そうにラジールを紹介した。


「王太子殿下にエリスがご挨拶申し上げます」


 エリス姿のアイリーンは敬意を込めて気品ある挨拶をした。


「ほお、これは美しい方だ。あなたが聖女様であられますか?」


「はい」


「気品があって美しい上に勇敢だとは。ぜひわたくしめの妃になってもらいたい」


 ラジールはエリス姿のアイリーンの手を取り甲に口付けた。

 アイリーンはラジールを相変わらず口が上手い人だと心の中で呆れていた。

 エドワードはエリス姿のアイリーンとラジールの間に割って入った。


「おやおやおや、エドワード君は聖女様にご執心かな?」


「ラジール、何しに来た?早くそこの輩を連れて行け」


 エドワードが目で示した先には大きな布袋が二つあった。


「ああ、例の刺客か……口を割ったか?」


「いや、誰かに依頼されたらしいが、頭以外知らないらしい。国境でわたしを襲ったのも、この者たちで間違いない。」


 この刺客たちは、エドワードの遺体が見つからないので頭に命令されて国境付近を隈無く探していたところだった。


「そうか、城に連れ帰って拷問して頭の居どころを吐かせてやる」


 ラジールはそう言いながら二つの布袋を蹴った。中からうめき声が聞こえた。


「さて、用も済んだし、聖女様手作りのスープをご馳走になろうかな?」


 ラジールは椅子に座りテーブルに肘をついてエリス姿のアイリーンにウィンクした。


「ヨハンが作ったのですわ。わたしは焦げ付かないようにかき混ぜていただけですのよ」


 そう言いながらエリス姿のアイリーンはお皿にスープを注ぎ、テーブルに置いた。


「ラジールはもう帰れ」


 エドワードは呆れたような口調で言って椅子に座った。


「エドワード、おまえはどうするんだ?二度も命を狙われて、大丈夫なのか?」


 エドワードは少し考えてから答えた。


「今堂々と帰ってもまた命を狙われるだろう。わたしは行方不明のままにして、秘密裏に帰り、首謀者を探そうと考えている」


 ラジールは人差し指を立て横に振りながら言った。


「チッチッチッ……おまえの顔は国中に知られている。こっそり帰っても行動を起こせば、すぐばれるに決まっているだろ。しばらく俺んちの城で匿ってやるぜ。聖女様もご一緒に」


 エドワードは大きなため息を吐き、呆れ顔で言った。


「何を言っている。後継者争いで国政が落ち着かず、助けを求めて来たのは誰だ?そんな不安定な所にいられるわけがない」


「あちゃー、そうでした。早くそっちの問題解決してくださいよォ、エドワードさまぁ」


 ラジールは両手で顔を覆い、指の間からエドワードに視線を送りながら上を向いた。

 エリス姿のアイリーンは二人の会話を心地よく聴いていた。エドワードがこんなに心許した話し方をする相手をアイリーンは初めて見たのだ。

 アイリーンが微笑みながら二人を眺めていると、ラジールが話しかけてきた。


「聖女様が刺客を倒したって本当?エドワードの怪我も治したというのも?」


 アイリーンは自分の預かり知らぬところで起きた出来事だが、そうだと返事するほかなかった。


「うーん、やっぱり結婚しよう、聖女様!」


 ラジールは立ち上がり、エリス姿のアイリーンの手を取った。すかさずエドワードがラジールの手を払いのけた。


「おやおやおや、エドワード君は……」


「黙れ!エリス殿は我が国の宝だ、どこにもやれない」


 エドワードはラジールの言葉を遮ったが、自分の言った言葉にはラジールが言おうとした言葉の思いが込められているように感じて自分を恥じた。


「とにかく、エリス殿は我が国の聖女として国王陛下に忠誠を誓っている。陛下の赦しがなければ、どうこうできない」


 エドワードはラジールやエリス姿のアイリーンから顔を背けて言った。

 ラジールはそんなエドワードの態度に慮って聞いてみた。


「……そっか、仕方ない今は諦めるか!……ところでエドワード、婚約者殿は元気にしてるのか?」


「…………」


 エドワードは言葉に詰まった。あの状態は元気だと言えるのだろうかと思い巡った。

 ラジールはさらに頭を悩ませて言った。


「いや、いい答えなくて……うん、そうか、エドワードも男だったんだな。もうすぐ成人だし、悩みは尽きないな……国を選ぶか、愛を取るか……」


 ラジールは頭を抱え込む仕草をし、エドワードとエリス姿のアイリーンを交互に見た。エドワードは呆れた。


 そこに買い出しに行っていたヨハンが帰ってきた。ヨハンは家に入るなり腰を抜かした。


「お、お、おおお、王太子様がなぜここに!?」


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