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22.女神の加護

 アイリーンの意識が戻ったのは、ヨハンに治癒の力を使っているときだった。

 まだエリスの意識がエリスの身体を支配していて、アイリーンはその様子を鍵穴からでも見るような感覚で、ぼんやりと眺めていた。

 治癒が終わったのかヨハンが動き出した。エリスに何度も礼を言っている。

 エリスは立ち上がり動き出した。

 エリスの視界に死んでいるように眠っている刺客が見えた。エリスは刺客を横目で見ながらベッドの方へ歩いて行った。

 エドワードが目を閉じたまま動かず横たわっている姿がアイリーンにも見えた。

 アイリーンの意識はまた遠のいてしまった。

 

 アイリーンはエリスの呼びかけで意識が戻った。

 しかし、目に見えるそこは真っ白な何もない世界で、目の前にエリスがいるだけだった。

 

「アイリーン様、今私たちは意識が存在する次元にいてこうして話をしています。わたしを守護してくださっている女神フレイヤ様のご加護です。王太子殿下は治癒してほぼ完治なさいました。安心してください」


 アイリーンは心から安堵した。エリスは続けて話した。


「女神フレイヤ様のお話ではアイリーン様の身体には誰か別の意識が存在しているそうなのです。その者は記憶が全てなくなっているので誰かまではわからないそうです。その意識がもとに戻らない限り、アイリーン様の意識も戻れないそうです」


 宿で頭の中に聞いた声は女神様だったのかとアイリーンは理解した。

 アイリーンは浮かんだ疑問を解消すべく、エリスに質問した。


「では、どうしてわたくしとエリス様の意識は共存しているのでしょう?」


「……それはわたしが強く願ったからです」


 エリスはそう言うと視線を落とした。


「……アイリーン様が犯人ではないという証拠をわたしは隠しました」


 アイリーンは驚いた。まさかエリスに裏切られていたとは思いもしなかった。


「その証拠を公にすれば、ある方が疑われるからです。だからわたしはどちらも犯人ではないことを立証しようと動いていたのですが……まさか、まさかあんなに早く死刑が執行されるとは思わなくて……」


 エリスは泣き崩れた。アイリーンは何も言えず、ただエリスを見つめていた。


「わたしは後悔しました。始めから証拠を公にしていればこんなことにはならなかったのにと……それであのとき思ったのです、死刑になるべきはわたしだと、アイリーン様と変わりたいと……」


 アイリーンはさらに泣き崩れるエリスに近寄りそっと肩を抱いた。

 エリスは自分の肩に置かれたアイリーンの手に触れ、少し落ち着いてから顔をあげた。


「あのときわたしの祈りが光となって意識だけが入れ替わろうとしていたのです。でも女神フレイヤ様がわたしの意識は留めたそうです。肉体が滅ぶと意識は消滅してしまうので……」


「そうだったのね……でも、わたくしの身体は助かったわ。あれも女神様のご加護ですの?」


「いえ、女神様は人の生死に関与してはいけないそうです。あれは偶然断頭台に雷が落ちたのです。そしてわたしが放った光によって意識が空になったアイリーン様の身体にどういうわけか、誰かの意識が入ってしまったのです」


 アイリーンは頭の中を整理しながら考えた。


「つまり、わたくしの身体の中にいる意識の方の身体を探せということですわね?それって難しいことですわよね、わたくしの中にいる方は記憶がないのですから。この世界中の誰かでしょう?」


「いいえ、あの処刑の時にあの場にいた方だそうです。わたしの放った光に触れていないと替われないそうです」


「それでも相当な人数いましたわね」


「特にアイリーン様への思念の強かった者ではないかと……」


 思念といっても、良い方と悪い方がある。身内はあのときいなかったから悪い方だろうとアイリーンは考えた。


「そろそろ時間だと女神フレイヤ様が。エドワード様が元気になられたので、アイリーン様の意識が表に出るでしょう」


「エリス様、ごめんなさい。あなたの身体乗っ取ってしまって……」


「いいんです、アイリーン様。わたしの身体を存分に使って、犯人とアイリーン様の中の意識の方を探してください。それとアイリーン様の無実を証明する証拠を隠した場所は………………鍵を………………」


 視界がぼやけ、エリスの言葉が途切れ途切れになった。遠くで誰かが呼ぶ声がした。


「エリス殿、エリス殿!」


 エリス姿のアイリーンはハッと目を開けた。エドワードがエリスを支え、ベッドに座っていた。


「エリス殿、大丈夫か?わたしの治癒が終わると同時に倒れたんだ、覚えているか?」


「殿下……お元気になられたのですね、良かった……」


 エリスはかなり力を使ったらしく、身体に力が入らなかった。


「ああ、君のおかげだ。力が戻ったんだな。二度も命を救われた。一生かけても恩返しできないくらいだ」


 エリス姿のアイリーンはにっこり微笑むと、安堵と疲労で眠ってしまった。

 エドワードは顔にかかったエリスの髪をそっと払いのけ、エリス姿のアイリーンをベッドに寝かせた。

 未だ起きない刺客はヨハンが縄でしっかり巻き身動きが取れないようにした。

 エドワードはラジール王太子に手紙を書き、至急届けてもらうようにヨハンに頼んだ。ヨハンは知り合いの王宮に出入りしている商人に頼んでくれた。

 


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