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21.再会

 エリス姿のアイリーンは薪割りをしている男に近付いて後ろから声をかけた。


「ヨハン様ですか?」


 男は振り返り怪訝そうな顔つきで言った。


「はあ?ここには様付きで呼ばれる者などおらんよ」


 アイリーンはどう応答しようか困って黙っていると、


「ヨハンという名の爺さんは一人ここにいるがな。あんたのようなお嬢を知っているヨハンはここにはいない」


と言ってまた薪を割り始めた。

 アイリーンは初めて聞く物言いに戸惑っていたが、いつものアイリーンの傲慢な口調で応対した。


「わたくしも貧乏たらしい姿で薪を割っている老人のことなど、これっぽっちも存じ上げませんが、ヨハン様という名のお爺様を探しておりますの。その方はどうやら、わたくしの大事な方の命の恩人らしいですわ」


 ヨハンは手を止め、エリス姿のアイリーンを目を細めて見つめた。それから豪快に笑った。

 ヨハンは黙ってアイリーンを手招きし、家の中に案内した。そして奥の部屋の扉を開け、アイリーンに中へ入るように促した。

 アイリーンはヨハンの顔を見ながら部屋に入った。そこには傷だらけの顔と身体中に包帯を巻いたエドワードがベッドに横になっていた。


「殿下!」


 エリス姿のアイリーンは急いでベッドの傍に行った。


「エリス殿……エリス殿だったのか。外でのヨハンとの会話が聞こえて、アイリーンが来たのかと勘違いしたよ」


 そう言ってエドワードは微笑んだ。エリス姿のアイリーンはエドワードの姿に言葉を失っていた。想像以上に酷い怪我だった。


「エリス殿は陛下にお願いされてここに来たのか?」


 エリス姿のアイリーンは頷いた。


「もしかして一人で来たのか?なぜそんな無茶を……陛下は何を考えているのか……」


「いいえ、違います。陛下はいろいろ準備してくださり、護衛も一番腕の立つ者をつけるとおっしゃってくださいました。でも、わたしが断ったのです。今は誰も信用ならないので、殿下のもとに誰も近寄らせたくなかったのです」


「エリス殿……苦労をかけさせてしまったな、すまない……うっ」


 エドワードは頭を下げようとして少し身体を動かしただけだが、刺すような痛みが全身に走った。


「殿下!大丈夫ですか!」


「ああ、心配ない。じっとしていれば軽く疼くだけなのだが、少しでも身体を動かすと息が止まるような痛みが走るんだ。大丈夫、すぐに治まる」


 アイリーンは、傷だらけの顔を歪めながら痛みに耐えているエドワードを見ているのが辛かった。


(エリス様、どうか、どうか出て来てくださいませ!)


 アイリーンは祈ったがエリスが顕現する様子はなかった。

 エドワードはエリス姿のアイリーンが辛そうにしていることに気遣った。


「エリス殿、心配ない。君がそんな顔する必要はない。……これはわたしの憶測だが……もしかして力が使えなくなったのか?」

 

 エリス姿のアイリーンは目を見開き、エドワードを見た。


「どうしてそれを……?」


「やはりそうか……あの毒薬事件以降、わたしが意識を取り戻してから君は、一度も平民の治療をしに街に行かなかっただろう?」


「……はい」


「誰にも言えず苦しかったのではないか?」


 アイリーンは首を横に振り、俯いて答えた。


「殿下の怪我を治せないことが一番悔しいのです」


 外が急に騒がしくなった。

 ヨハンの怒鳴り声が聞こえ、すぐに叫び声に変わった。と同時に、荒々しくドアを開ける音がした。

 アイリーンは脚に隠し持っていた短剣を取り出し、素早く静かにドアの横にしゃがんで待った。


『狙うは脚だ。力がない女には身体に致命的な傷を負わすのは無理だ。まず相手の動きを止めること。膝からした下、腱を狙うのが一番いいが、靴が邪魔をする。膝裏を刺せ』


 アイリーンは父、バクルー公爵が言っていたことを頭の中で繰り返した。

 ドアが開いた。アイリーンは侵入者の右膝裏を刺し、素早く左膝裏も切った。


「うわああー!」


 刺客が大声で叫びながら転がった。


「どうした!?」


 もう一人入って来た。もう一度脚を狙ったが交わされてしまった。アイリーンは素早くエドワードの前に立ちはだかり、剣を構えた。

 黒いマントを羽織った覆面の男が立っていた。


「女にやられたのか、情けない」


 そう言うとゆっくりエリス姿のアイリーンに近づいて来た。

 どうやら刺客は二人、一人は動けないでいる。もう一人は長剣を持っている。

 分が悪いと考えたアイリーンは、刺客の剣が届くか届かないかのギリギリまで待ち、顔を目掛けて短剣を放った。


「おっと!」


 短剣は刺客の頬をかすっただけだった。刺客はエリス姿のアイリーンの頭上に剣を振り上げた。


「待ってくれ!おまえたちの狙いはこのわたしだろう、その者は関係ない。どうせ動けない身体だ、抵抗しない。おまえたちの好きにするがいい。だから、その者は見逃してくれ!」


 エドワードが苦痛な顔をして刺客に言った。


「よかろう、王太子の命さえ戴ければ目的は達成だ」


 エリス姿のアイリーンを狙っていた刺客の剣は方向を変えた。

 アイリーンは刺客の剣を持つ腕を両手で掴んだが、激しく振り飛ばされて壁にぶつかり、頭を強く打った。


「殿下……」


 アイリーンは剣を向けられたエドワードが一瞬目に入り、気絶した。



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