19.極秘任務
エリス姿のアイリーンは、自室で荷造りをしていた。
国王は二、三日中の出発を考えていたようだが、アイリーンはすぐにでも出発したかった。
準備ができ次第ということで、次の日の早朝、誰にも気づかれないように離宮を出発した。
エリス姿のアイリーンは商人の格好を装い、馬を走らせた。
北の領地までは馬車で三日ほどかかるが、アイリーンはときどき馬に水を与える以外は留まらず、走り続けた。
途中吹雪に見舞われたがそれでも走りを止めなかった。
北の領地に入り国境近くの村にたどり着いたのは、王宮を出て二日目の昼どきだった。
アイリーンはまず宿を取った。馬小屋に馬をつなぎ、餌をあげた。
「よしよし、いい子ね。よく頑張ってくれたわ。たくさん食べてゆっくり休んでね」
アイリーンも部屋に行き、ベッドに横になった。
「なんて硬いベッドなの……疲れが取れやしないわ……馬の上よりマシかしら……」
アイリーンはウトウトしながら、国王との話を思い出していた。
「余としては出来るだけ早くに出発してもらいたいが、充分な備えをしなければ、何かあったときに困るのはそなただ。馬車も王宮の馬車では目立つのでな。質素だが、頑丈な馬車を用意するつもりだ」
「いえ、馬車は目立つし、時間がかかります。丈夫な馬を用意していただければ……」
「なんと、聖女は馬に乗れるのか?」
アイリーンは焦った。エリスはきっと馬に乗れないが乗れることにしなければと思った。
「……はい、乗れます」
「うむ……護衛に近衛師団の腕の立つ者をつけよう」
「一人で行きます!(ブーリン卿の息のかかった者に同行して欲しくないですわ)どこから情報が漏れるかわかりません。手紙にも書いてあります、今王宮内で信じられる者が少ないと。わたしを行かせるのはそのためではないのですか?」
「エドワードにはそなたの治癒の力が必要だからだ。しかし、この手紙も罠かも知れぬぞ」
「いいえ、この手紙の字は間違いなく王太子です」
アイリーンはいつの間にか眠っていた。
一睡もせずに馬を走らせたのだから当然だろう。気がついて窓から外を見ると、空は藍色に染まりかけていた。
「ああ、しまったわ。今日中に国境を越えようと思っていたのに。ちょっとだけのつもりがぐっすり寝てしまいましたのね」
アイリーンは外を見ながらため息をついた。
エドワードが心配で急いでやって来たが、アイリーンには治癒能力がない。今日行こうが明日行こうがアイリーンはなんの役にも立てないのだ。
エリス姿のアイリーンは夕食をとるために宿を出た。酒場らしきものはいくつかあったが、貴族が出入りするようなレストランは見当たらなかった。
「当然ですわね……」
アイリーンは諦めて酒場の一つに入った。
エリス姿のアイリーンが酒場の入り口をくぐると、女一人で酒場に来るのが珍しいのか、客が好奇の目で見てきた。なかには指笛を鳴らす輩もいた。
エリス姿のアイリーンはカウンターに腰掛け、カウンターの中にいる従業員に声をかけた。
「お腹の足しになるものをいただけるかしら」
従業員は黙って頷いた。そこに酒瓶を持った男が寄って来た。
「お嬢ちゃん、一人かい?」
アイリーンは無視をした。
「そんな可愛い顔してシカトかい?一緒に酒でも飲もうや」
アイリーンはカウンターに出された食べ物を黙々と食べた。
「気取ってんじゃねえよ!」
そう言って男はエリス姿のアイリーンの肩をつかんだ。アイリーンは肩を掴んだ男の手を掴み立ち上がって、男の親指の付け根を思いっきり押しながら腕を取り、男の後ろに回した。
「いててててて、かんべん、勘弁してくれ!」
エリス姿のアイリーンはそのまま男を突き飛ばし、カウンターに銀貨を一枚置いて店を出た。
アイリーンはこどもの頃から護身術を身につけていた。剣の腕も一介の騎士より優れていた。
どこで命を狙われるかも知れない王太子の伴侶として、足手まといにならないよう、バクルー公爵に仕込まれたのだ。
エリス姿のアイリーンが店を出て宿に帰ろうとしているとき、跡をつけてくる者がいることに気づいたが、気づいたときには遅かった。後ろから羽交い締めにされ、路地に連れ込まれてしまった。
路地には数人の男がいた。すぐに猿ぐつわをかまされ、縄で縛られた。
「本当に金持ってるんだろうな」
「へえ、さっき酒場で銀貨を出していたのを見ました」
「酒場ごときに銀貨か……相当持ってるな。おい」
そう言って木刀を持って木箱に座っている男が、隣にいた男に顎で指示した。
指示された男はエリス姿のアイリーンの持ち物を探り始め、革袋に入った貨幣を見つけた。
見つけた貨幣を座っている男に差し出した。
「これはすごいじゃないか!金貨がこんなに!商売人ではないな……貴族か?」
エリス姿のアイリーンは横を向いた。
「はは、泣きもせず、気が強そうだ。一度貴族のお嬢様やらと、やってみたかったんだよなぁ」
男はエリス姿のアイリーンに近づき、アイリーンの顎に手を置いて持ち上げた。
アイリーンは男を睨みつけたが、内心は気絶しそうなほど恐ろしかった。
男はエリス姿のアイリーンの胸元の服を引っ張り破った。
その瞬間、エリス姿のアイリーンから、目が開けられないほどの眩しい光が放たれた。




