1.マナー指導と友情
アイリーンはお茶を飲むという名目で毎日エリスのもとに訪れた。お茶の嗜み方、王族・貴族への挨拶の仕方、話し方など基本的マナーをアイリーンらしく、細かく厳しく教え込んだ。
その様子を見ていた周りの者たちは、いじめでもしているかのように見えた。
ときどきアーサーが来て一緒にお茶を飲んだが、アイリーンのエリスに対する傲慢な言い方に腹を立てることもあった。アーサーがアイリーンに文句を言うとエリスが止めに入り、アイリーンは無視をした。
エリスが王宮に住み始めて半月ほど過ぎた日、庭園奥にあるガゼボ近くで、立ち居振る舞いを教えていたのだが、そこにアーサーが現れてしばらく様子を見ていた。相変わらずのアイリーンの厳しすぎる物言いに、アーサーはいつものように口を挟んだ。
「バクルー公爵令嬢、もっと優しく言えないのか。エリスは貴族じゃない。そこまで完璧にする必要はないのではないか!」
いつもなら王族に対して言い返すことは不敬に当たると思い無視をしていたアイリーンだったが、毎度同じことを言われるのでとうとう口をついてでてしまった。
「第二王子殿下。お言葉ですが、聖女様はこれから先、王宮に仕える聖女として王族や貴族たちと交流する機会が増えるでしょう。その度に平民だからと馬鹿にしたり蔑んだりする者も出てきます。」
「君だって同じじゃないか!」
エリスが慌ててアーサーに懇願するように言った。
「殿下、わたしなら大丈夫です。バクルー公爵令嬢様のおっしゃてることは間違ってはいません。わたしは教えていただけて感謝しているんです」
「しかし、言い方ってものが……」
「聖女様。先程申し上げましたように、馬鹿にしたり蔑んだりする者は必ずいます。面と向かって言う者がいれば、有る事無い事陰口をたたくものもでてきますでしょう。(アーサーをチラリと見ながら)王族という身分なら、どのような失態をおかそうとも面と向かってそれを指摘なさる者はいないでしょうが……まあ、それに甘んじて努力を怠る方もいるようですが?」
「君は失敬だな!」
「あら、わたくし誰とは言っておりませんけど?とにかく非の打ちどころのない振る舞いができれば、誰に何を言われても堂々としていられますでしょう?痛いところをつかれると落ち込むか、どなたかのように怒るしかありませんものね。そう思いませんか、第二王子殿下」
「まったく君は……だがもう少し優しい言い方をしてくれ!」
「バクルー公爵令嬢様、ありがとうございます。それほどまでにわたしのことを考えてくれていたなんて。わたし頑張ります!」
「あら、勘違いしないでね、聖女様。王家が平民を囲ってしまわれたのだから、わたくしは将来の王族として、王家の恥にならないように務めているだけです」
「公爵令嬢!それこそ不敬罪を問われかねない発言ではないか!」
「第二王子殿下、違うと思います。わたしのためですよね。王家の恥ではなく、わたしが恥をかかないようにと思って下さってるのですよね。ほんとうにありがとうございます、バクルー公爵令嬢様。」
アイリーンはエリスのキラキラした笑顔に少し照れながら、顎をツンと上げて言った。
「聖女様、わたくしのことはアイリーンと呼んでもかまわなくてよ」
「本当ですか!嬉しいです。ありがとうございます、アイリーン様。わたしのこともエリスと呼んでください。」
「じゃあエリス、僕のこともアーサーと呼んでよ」
「そ、それはまだ無理です……」
「え、どうして?」
「殿下とわたくしとでは立場が違います。わたくしはただの公爵令嬢、殿下は王族です。どうしてもエリス様にそう呼んで欲しければ、求婚なさってはいかがですか?婚約者の立場なら名前で呼んでも不敬にはなりませんでしょう?」
「アイリーン様!何を言っているんですか!」
「うーん、それは名案かも……」
「第二王子殿下も!平民のわたしにはその冗談は心臓が破裂してしまいます!」
エリスは顔を真っ赤に染めて両手で頬を隠すようにしてうつむいた。淡いピンク色の長い髪がさらにエリスの顔を隠した。
「ホホホ、お茶でも飲みながら少し休憩しましょうか」
アイリーンがそう言うと二人は頷いて、お茶が用意されていたガゼボのテーブルの椅子に座った。
気さくなアーサーのおかげか、エリスはアイリーンと二人だけのときよりは緊張していなかった。
「殿下、エリス様をご覧ください。お茶の飲み方がとても優雅になられたでしょう」
「ああ、ほんとうに」
アーサーの金色の髪が風にゆれた。エドワードと同じ青い瞳にエリスが映る。アーサーがエリスを見つめる目はとても慈愛に満ちていて優しかった。エリスは気づいていないようだが、アイリーンはすぐに気づいた。
(王子殿下、難しい恋になりそうですね……)
この三人の様子を陰から見ているものがいた。鋭い目つきで怪訝そうな顔をしていた。
次回の投稿は10/26の予定です。




