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17.行方知れず

 エドワードが北の領地に行って十日が過ぎた。

 アイリーン姿のエリスらしき者は、エドワードがいないことに寂しさを感じているようだった。

 エリス姿のアイリーンもまた、エドワードが気がかりだった。

 それと同時に事件のことを調べたくても、ウォール侯爵家の舞踏会の毒入りワインのことを考えると危険を感じ、単独で動けないことに焦っていた。


 二人はそれぞれエドワードのことを想いながら、一緒にテラスでお茶を飲んでいた。

 アイリーン姿のエリスらしき者が寂しそうに言った。


「エドワード様が視察に行かれてから十日が過ぎましたね。まだ帰って来られないのでしょうか?」


「そうですね……まだなんの報告も入っていないようですが……」


 アイリーンもエドワードのことを思い、遠くの空を見ながら答えた。


「北の領地は寒いのですか?」


「そうですわね、首都付近の領地に比べれば気温が低いと聞いていますわ。もう少しすれば山は雪で真っ白になるそうですわよ」


「では雪が降り積もるまでには帰って来ますね」


 アイリーン姿のエリスらしき者は嬉しそうに言った。

 アイリーンもそうあって欲しいと願った。


 そこにアーサーが慌てた様子でやって来た。


「公爵令嬢、エリス大変なんだ!兄上が、兄上の行方が分からなくなって……」


「エドワード様が!?」


 エリス姿のアイリーンとアイリーン姿のエリスらしき者は同時に席を立ち叫んでいた。

 エリス姿のアイリーンはハッと我に返り、アイリーン姿のエリスらしき者を見た。

 アイリーン姿のエリスらしき者は両手で口元を塞ぎ、震えていた。

 エリス姿のアイリーンはそっと肩を抱いて、ゆっくりと椅子に座らせ、自分も座った。


「王子殿下、どういうことですか?王太子殿下は北の領地に視察に行かれたのですよね?」


「……」


 アーサーは言いにくそうに俯いて、青ざめていた。エリス姿のアイリーンは只事ではないと察知した。


「殿下!気をしっかり持ってお話しください!」


 エリス姿のアイリーンの言葉にアーサーは顔を上げて話そうとしたが、アイリーン姿のエリスらしき者の震える様子が目に入り、口を止めた。

 エリス姿のアイリーンはそれに気づき、アーサーに応接室で待つように伝え、アイリーン姿のエリスらしき者を自室に連れて行き、ベッドに寝かせた。


「アイリーン様、大丈夫ですわ。王太子殿下はそう簡単に死にませんわよ。必ずアイリーン様の元に戻って来ます。今はゆっくりお休みくださいませ」


 そう言ってエリス姿のアイリーンは部屋を出た。

 エリスらしき者に言った言葉はそのまま自分に言い聞かせた。

 胸が圧迫するような苦しさも、一度流してしまうと止まらなくなりそうな涙も、身体の奥に全部押し込めて応接室に急いだ。


 応接室ではアーサーが立ったままうなだれていた。


「殿下、どういうことかきちんと説明してください!」


 エリス姿のアイリーンは応接室に入るとすぐに、息を切らしながらアーサーの胸の辺りの服を両手で掴んだ。


「エリス、落ち着いて……」


 アーサーはエリス姿のアイリーンをそのまま抱きしめた。

 アイリーンはアーサーが声を出さずに泣いていることに気づいた。

 アイリーンは服を掴んでいた手を離し、アーサーの首と頭に置いた。


「殿下、お願いです、状況をお話しください」


 アーサーは少し落ち着いてからエリス姿のアイリーンと並んでソファに座った。


「兄上の北の領地への視察というのは実はカモフラージュで、本当は北の領地と密接している隣国の王太子との極秘対談だったんだ」


「隣国の王太子といえば、ラジール殿下ですね。どうして極秘対談なんか……」


「僕も詳しくは知らない。けど、隣国が跡目争いのせいで国政が不安定になっているのは聞いていた。兄上がラジール殿下と懇意にしていたことも……それ以上のことは僕にもわからない。ただ今朝、兄上の行方がわからないと近衛兵の一人が報告に戻って来たんだ……」


 アーサーはその近衛兵の報告の内容を涙を堪えながら話した。


 エドワードとラジールの対談は山脈をまたぐ国境近くにある廃村で行われた。

 王太子同士二人だけで密談されたので、内容は誰にも明かされていない。

 三日にも及ぶ対談は無事終え、それぞれ国に戻るため廃村で別れた。

 エドワードたちは山を降りる途中、黒いマントを羽織った覆面集団に襲われ、戦いながら国境付近まで追い戻されてしまった。

 エドワードは崖近くに追い込まれた衛兵を助けるため向かうが、そこに矢が飛んできて、衛兵を庇い矢に当たり、崖から落ちてしまった。

 エドワードが崖から落ちるのを確認すると、覆面集団は全員撤退した。

 近衛兵のほとんどが負傷しており、なんとか動けるようになった者は崖下に降りてエドワードを探したが、見つからなかった。

 崖の下には川が流れており、その川は隣国に向かって流れていたので、他国の者が許可なく川下に行くことができなかった。

 その後、衛兵の一人が報告をしに早馬で戻って来た。

 覆面集団の身元はわからない。ラジールを廃嫡しようとしている隣国の刺客なのか、あるいはエドワードを狙った毒薬混入事件の関係者なのか。


 エリス姿のアイリーンは、エドワードが崖に落ちたと聴いた瞬間に血の気が引いていくのを感じた。

 その後のアーサーの言葉はふわふわと遠くから聞こえてくるようだった。


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