15.舞踏会②
エリス姿のアイリーンは、カインから何か事件の情報を聞き出せないか、踊りながら考えていた。
「聖女様、ダンスがお上手ですね」
「ウォール侯爵子息様の方がお上手ですわ」
カインはエリス姿のアイリーンを好意ある目で見つめながら言った。
「わたしのことはカインとお呼びください」
「ではカイン様、カイン様は確か、近衛師団に所属でしたわね?」
「よくご存知で。主に側妃様の護衛担当です」
「そうですか。わたし側妃様とはまだお会いしたことありませんの。どのようなお方ですか」
側妃にはアイリーンの姿のときに何度か会ってはいるが、挨拶程度でしかなくよくわからない方だった。
「側妃様ですか……そうですね、あまり公の場には出られないお方ですね。お茶会も本当に仲の良い方とだけ自室でなされるぐらいで」
「あまり社交的ではないのですね」
「ええ、なるべく目立たないように生きている感じですね」
「そうですか……」
アイリーンは少し顔を横に向けて考えた。その様子を見てカインが聞いた。
「他にも聞きたいことがあるのでは?」
「え、聞きたいこととは?」
カインはニヤリと笑って言った。
「例えば、バロー男爵令嬢のこととか?」
エリス姿のアイリーンは一瞬動きが止まったが、すぐに何食わぬ顔をした。
「どういうことでしょう?」
「わたしも王宮勤めをしていますので、聖女様がかの令嬢のことを侍女たちに聞き回っていることぐらいは、耳に入っていますよ」
カインは笑って答えた。
「まあ……それならば隠す必要はありませんわね」
「例の事件の犯人探しですか?バクルー公爵令嬢ではないと?」
「ええ、間違いなく公爵令嬢ではありません」
あまりにもはっきり言うのでカインは驚いた。
「そのようにはっきり断言するということは、真犯人が他にいるという確証でも得ているのですか?」
(この男、逆に情報を聞き出そうとしているわ。侮れない相手ね)
カインはさらに聞いてきた。
「それとも真犯人を知っていて、立証を得ようとしているのですか?」
「……どちらでもありません。わたしはアイリーン様の無実を証明したいだけですわ。犯人のことは全く存じ上げません」
カインは続けて質問をした。
「バロー男爵令嬢がいれば無実が証明できると?」
「彼女がお茶を運んだのは間違いないようですし、消えたのは事件に関与しているからでしょう」
カインは待ってましたとばかりに、エリス姿のアイリーンの耳元で囁いた。
「バロー男爵家とは懇意にさせてもらっているんですよ。聖女様のお気に召す情報を差し上げられるかもしれません」
アイリーンはカインを見た。
「本当ですか?」
「ただし、今は話せません。三日後、わたしの休日にお会いしましょう。話はその時に」
「え、それって……」
音楽が鳴り止んだ。二人がお辞儀をしたと同時に二人のもとにアーサーが寄って来た。
「では聖女様、三日後に離宮までお迎えにあがりますね」
「いえ、まだわたしは決めていませんわ」
「三日後お迎えにあがったときに決めてください。それでは楽しみにしています、聖女様」
そう言ってチラリとアーサーを見て会釈をし、カインは別の令嬢と踊り始めた。
「エリス、三日後って何のことだい?」
アーサーは少し怪訝そうに聞いた。
「カイン様とお約束を……」
「……名前を呼ぶような仲になったんだ」
アーサーは顔を背けて言った。
「いつになったら僕のことも名前で呼んでくれるのかな?」
「殿下は王族なのですから、わたしのようなものに名前呼びさせては他の貴族に示しがつきません。どうかご理解ください」
「そうか、僕が王族のせいか……王族だからと言っていいことなんて何もないな……」
アーサーは寂しそうに、そして投げやりな言い方をした。
「殿下……」
そこへマーガレットがやって来た。
「アーサー様、わたくしと踊ってくださいませ。先程は休憩なさるとおっしゃって踊ってくださらなかったでしょう?今はもうよろしいですわよね?」
マーガレットはエリス姿のアイリーンを睨みつけ、アーサーに擦り寄った。
「ウォール侯爵令嬢、前から言いたかったのだが、君はどうして許可を得ないで僕を名前呼びしている?」
「それは……今までそのようなことおっしゃらなかったのに、どうして今さら……」
「これからは名前で呼んだら不敬罪になると頭に入れときたまえ!」
アーサーはマーガレットにそう告げるとエリス姿のアイリーンの手を引いてバルコニーに出た。
アーサーはエリス姿のアイリーンの手を握ったまま、何も言わず夜空を見ていた。
その横顔は寂しそうで、エリスを想うアーサーの気持ちを考えるとアイリーンは切なくなった。
(殿下、ごめんなさい。わたくしはエリスじゃないのでお二人の間柄を進展させるわけにはいかないのです)
そこにワインを注いだグラスを二つ、トレーに乗せて侍従が運んで来た。
「休憩されているようですので、ワインでもいかがですか?」
エリス姿のアイリーンは侍従の手と声が少し震えているのを見逃さなかった。
「ありがとう」
そう言ってアーサーがトレーに手を伸ばそうとすると、侍従は少し方向を変えた。エリス姿のアイリーンは素早く手を伸ばし、グラスを取る振りをして手を滑らせ、二つのグラスを倒した。
「あら、ごめんなさい。せっかくのワインを」
「こちらこそ申し訳ありません!」
慌ててそう言った侍従の顔には安堵の表情が見えた。
「殿下、ドレスにもワインが少しかかってしまいましたの。お暇してもよろしいかしら?」
「ああ、そうしよう」
侍従は再び謝った。
「本当に申し訳ありません。ドレスはこちらで弁償させていただきます」
「いいえ、気になさらないで。それより早く片付けてください、誰かが触らないうちに」
侍従はハッとしたがすぐに片付け始めた。
アーサーはエリス姿のアイリーンの手を取ろうとしたが、エリス姿のアイリーンは拒んだ。
「手にワインが付いてしいましたの。外に噴水がありましたわね。そこで洗い落としますわ」
エリス姿のアイリーンは噴水でよく洗い落とし、アーサーと共に馬車に乗り込んだ。
次の投稿は11/25の予定です。




