14.舞踏会①
舞踏会当日。エリス姿のアイリーンは披露目式で着た純白のドレスを着ていた。迎えに来たアーサーはその姿を見て少し驚いた。
「エリス、そのドレスとても似合ってはいるけど、ウォール侯爵令嬢に何か言われそうだよ」
「わたしドレスはこれしかなくて」
「そうだったんだ。ごめん、気がつかなくて……」
本当はわざと着ていた。他にドレスがないのも確かだが、もしかしたらドレスを見て事件当日のことを思い出し、動揺する人物がいるかもしれないと考えたのだ。
「王宮に出入りしている仕立て屋に言っとくよ。そうだ今度一緒に行こう。エリスとお忍び街見学もして見たいしね」
アーサーは嬉しそうに弾んだ声で言った。
「ありがとうございます。お言葉に甘えますわ」
「それでは行こうか」
アーサーにエスコートされてエリス姿のアイリーンはウォール侯爵家を訪れた。
「第二王子殿下アーサー様と聖女エリス様のご入場です」
その声を聞いた貴族たちが一斉に振り返った。貴族たちの様々な思いの声が飛び交った。
「第二王子殿下と聖女様が……王太子殿下との噂は?」
「見て、あのドレス。披露目式と同じドレスよ」
「まあ、縁起が良くないドレスをよく着てこれたものね」
「平民出身ですもの、気になさっていないのよ」
「いくら聖女と言ってもね、やっぱり平民は平民よね」
招待客が好き勝手言っている最中、マーガレットが真っ赤な顔をしてアーサーとエリス姿のアイリーンに近づいて来た。
「アーサー様、どうして聖女様と一緒に来られたのですか?」
マーガレットはエリス姿のアイリーンに一瞥をしてアーサーに拗ねたような声で言った。
「来ては行けない理由があったかな?」
アーサーはそっけなく答えた。マーガレットは少し憤慨した顔をしたが、すぐに泣きそうな顔を作った。
「アーサー様、わたくしの気持ちをご存知のはず。ひどいですわ!」
「聖女様は国の宝……と陛下が言ったよね。ならば、兄上が所用で来られないなら、僕がエスコートすべきだと思うけど?」
アーサーに正論を述べられ言い返せなくなったマーガレットはエリス姿のアイリーンの方へ向き、小声だが辛辣に言った。
「聖女様!この間忠告しましたわよね、どういうつもりですか!?」
そこにマーガレットの兄でウォール侯爵家の跡取りであるカイン・ウォールが現れた。
「マーガレット、いい加減にしないか。殿下と聖女様は重要な貴賓だ」
「お兄様、ですが……」
カインはマーガレットを威圧的な目で睨みつけ、有無を言わせない口調で言った。
「おまえはあっちに行ってなさい」
マーガレットは渋々会場の奥へ下がった。
「第二王子殿下、大変失礼致しました」
カインはアーサーに頭を下げ、続いて周りにいた貴族たちにも無言で頭を下げた。
カインはもう一度アーサーに詫びた。
「第二王子殿下、妹が大変失礼しました」
「そうだね、君の妹にはまだまだマナー教育が必要だね」
アーサーは強めの口調で言った。カインは再度頭を下げた。
「はい、殿下のおっしゃる通りです。マーガレットには一から教育し直すよう伝えます。聖女様もお気を悪くなされたでしょうが、お許しください」
カインはエリス姿のアイリーンの手を取り甲に口付けた。それを見てアーサーの顔が少し歪んだ。それに気づきアイリーンはサッと手を引いた。
「気になさらないでください。それより、本日はご招待いただきましてありがとうございます」
カインはエリス姿のアイリーンをじっと見つめてから微笑んだ。
「おそれいります、聖女様。もうすぐ父がまいりますので、ぜひお会いください」
「はい、殿下と一緒にご挨拶に伺いますわ」
「では後ほど」
そう言うとカインは別の貴賓に挨拶に行った。
ウォール侯爵が会場に入ってくるとすぐにアーサーとエリス姿のアイリーンのところにやってきた。
「これはこれは、第二王子殿下に聖女様。本日は我が侯爵家の舞踏会に足を運んでくださり、ありがとうございます」
「ウォール侯爵、久しぶりだね。奥方が体調を崩されていると聞いているが、大事ないかな?」
ウォール侯爵は一瞬顔を曇らせたがすぐに笑顔に戻り答えた。
「はい、ご心配いただきありがとうございます。大事には至りません。聖女様、本日は楽しんで頂けると幸いです」
「はい、ありがとうございます。楽しませていただきますわ」
「では、他にも挨拶がありますので失礼します」
ウォール侯爵は人が良さそうだった。アイリーンのドレスを見ても何の反応も示さなかった。事件に関わっているようには見えないと思った。
ホールにワルツの曲が流れ始めた。
「エリス、踊ってくださいますか?」
アーサーは丁寧にお辞儀をした。
「もちろん、喜んで」
エリス姿のアイリーンとアーサーは踊った。音楽に合わせてリズミカルに踊るエリス姿のアイリーンにアーサーは驚いた。
「披露目式の時より随分と上達しているね。……あれから兄上と練習を重ねていた?」
アーサーは勘繰るような言い方をした。アイリーンはアーサーを安心させるように言った。
「殿下のリードが素晴らしいからですわ。王太子殿下とは披露目式以降踊っていません。わたしと踊る時間があればアイリーン様に会っていますわ」
アーサーは少し考えてから言った。
「そうだね。兄上は随分とバクルー公爵令嬢を気にかけているね。あんな兄上は見たことがないよ」
「……そうなのですか?」
アイリーンは知っていたが、エリスは知るはずがない。
「バクルー公爵令嬢とは単に政略結婚の相手にすぎないと思ってた。バクルー公爵令嬢じゃなくても国にとって良縁なら、兄上は誰でもいいんだと……」
「そうではなかったと?」
「ああ、あんなに憔悴した兄上を見るのは初めてだった。それに無理して時間を作っては令嬢に会いに行っている。兄上にも心があったんだな」
音楽が止まり、二人はお辞儀をした。アーサーは名残惜しそうにした。
「2曲目もいかがですか?エリス」
「婚約者でもないのに、それはルール違反ですわ」
「……そうだね。でもエリス以外と踊りたくないな」
そう言ってアーサーは再びエリス姿のアイリーンの手を取った。
「殿下、他の令嬢たちが殿下と踊りたくて待っていますわ」
そこへカインが現れた。
「聖女様、踊っていただけますか?」
アーサーは仕方なく手を離し、カインを牽制しながらエリス姿のアイリーンの耳元で囁いた。
「じゃあまた後で、エリス」
アーサーは他の令嬢の手を取らず、ワインを手にしてエリス姿のアイリーンとカインを見ていた。
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