13.舞踏会の招待状
エリス姿のアイリーンのもとにウォール侯爵家からの舞踏会の招待状が届いた。
アイリーンは侯爵家を探るチャンスだと思った。舞踏会は原則同伴になっていた。
エドワードに同伴を頼みたいが、エリスとの噂が復活しかねないし、アーサーだとマーガレットが騒ぎ立てそうだと考えた。
エリス姿のアイリーンはエドワードに舞踏会の相談をするため、本宮に向かっているところにアーサーと会った。
「エリスが第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
「エリス、ちょうど良かった。君を訪ねて離宮に行くところだったんだ」
アーサーは微笑んでエリス姿のアイリーンに寄って来た。
「わたしに何かご用でも?」
アーサーは少し聞きにくそうに言った。
「…ウォール侯爵家の招待状、エリスにも届いた?」
「はい、届きましたわ」
「参加するつもりかい?」
アイリーンはどういうつもりで聞いてくるのか考えた。
「…もしかして行かない方がよろしいのですか?」
「うん……行かないで欲しい……」
アーサーはエリス姿のアイリーンを見つめながら哀願するように言った。
「?……どうしてですの?」
「それは……」
アーサーは言葉を濁してうつむいた。
「ウォール侯爵令嬢がわたしに何かするとお思いで?」
「!……もうすでに何かされたのか?」
アーサーは驚いた顔をしてエリスに詰め寄った。
「まあ、少し、侮辱を受けましたが、たいしたことではありませんわ」
アーサーは悔しそうな顔をした。
「行けばまた同じ目に遭う。それでも行くのか?」
「大丈夫です。二度と皆様の前でわたしを侮辱できないと思いますわ」
アイリーンは含み笑いをした。アーサーはチャンスとばかりにエリス姿のアイリーンの手を取った。
「では僕にエスコート役をさせてもらえないか?」
「よろしいのですか?ウォール侯爵令嬢にますます恨まれそうですが?」
アイリーンはにこやかに言った。
「エリス……何だか楽しそうに見えるのは僕の勘違いか?」
「楽しそうに見えまして?それより殿下は本当は参加したくないのでは?」
アーサーは何か思い出したのか嫌な顔をした。
アーサーはマーガレットにはウンザリしていた。アーサーの気持ちはお構いなしでグイグイくる。母親である側妃に、上位貴族の恨みは買ってはいけないと言われてるので我慢しているだけだった。
「本当は行きたくないというのが本音だけど、エリスが行くなら、エスコートできるなら参加する」
「そうですか。ではエスコート役、お願いします。ウォール侯爵令嬢のお顔を拝見するのが楽しみになってきましたわ」
そう言ってエリス姿のアイリーンは微笑んだ。
「エリス……君は何だか変わったね。強くなったというか、バクルー公爵令嬢に似てきたというか……」
「皆様そうおっしゃいますわ。でも強くなければこの王宮では生きていけませんもの」
アーサーは笑ったが、あまり公爵令嬢に似て欲しくないと思った。
「では王太子殿下に用がありますので、失礼しますね。舞踏会楽しみにしていますわ」
そう言うとエリス姿のアイリーンは立ち去った。アーサーはエリス姿のアイリーンを見送りながら、呟いた。
「君がこれ以上公爵令嬢に似なくてもいいように、僕がもっと強くなって君を守るよ」
エリス姿のアイリーンが執務室に行くとエドワードは忙しそうにしていた。エリス姿のアイリーンは手を止めないでいいと促した。
「ウォール侯爵家の舞踏会に参加しようと思いますの。少しでも情報が掴めるかと思いまして」
エドワードは書類から目を離しエリス姿のアイリーンを見た。
「招待状が届いたのか?あまり勧めたくはないな。ウォール侯爵家が事件に関係しているとしたら、危険じゃないか?」
「ウォール侯爵家の誰かが主犯なら危ないかもしれませんが、堂々と犯罪を起こすことはないと思いますわ。飲食はしないつもりですし、一人になることもしないつもりです」
エドワードはしばらく考えた。
「わたしが行けるといいのだが、北の領地に視察が入っていて舞踏会の前日から十日ほど留守にしなくてはならない」
「第二王子殿下がエスコートしてくださるので、大丈夫ですわ」
エドワードは少し顔をしかめて言った。
「こんなことは言いたくないのだが、アーサーへの疑念が消えたわけではないんだ。あいつのことは信じたいと思っているが……」
「殿下、お気持ちはわかります。わたしも王子殿下のこと全て信じているわけではありません。でも王子殿下はわたしのことは傷つけたりしないと確信しています」
エドワードはエリス姿のアイリーンの言葉の意味を理解した。
「そうか……そうだな。アーサーは君に好意的だったな。わかった。くれぐれも無理はしないで欲しい」
「はい、殿下。またご報告に伺います」
そう言って立ち去ろうとするエリス姿のアイリーンを、エドワードが引き止めた。
「お茶を飲んでいかないか。ちょうど仕事の区切りがついたところなんだ」
「……はい。でもよろしいのですか?アイリーン様がお待ちでは?」
「離宮によるほどの時間はないんだ。お茶を一杯飲むぐらいの時間だ。アイリーンのところへは明日の朝行くよ」
二人は向かい合ってソファに腰掛けた。エドワードはエリス姿のアイリーンを目を細めて見つめた。
執事がその場でお茶を入れ、テーブルに置いた。エリス姿のアイリーンはお茶を一口飲み、エドワードに聞いた。
「北の領地で何か問題でもあったのですか?」
「……いや、ただの視察だ。後継者として北の様子も知っておかないと……」
事件があってそれほど経っていないのに、領地視察に自ら行くとは何かあったに違いないとアイリーンは思った。
「なるべく早く帰ってこようと思っている。その間、アイリーンのことよろしく頼む」
「承知いたしました。殿下もお気をつけてくださいませ」
「ああ、君も気をつけくれ。けっして無理しないように。わたしが帰ってくるまで単独行動は控えて欲しい」
そう言ったエドワードの声には切実さが滲んでいた。
次の投稿は11/21の予定です。




