12.新たな犯人候補
数日の間、何事もなく穏やかな日々だった。事件の進展もなかった。エリス姿のアイリーンは毎日のように本宮に赴き、侍女たちとたわいのない話をしながら、キャサリンのことや王族の様子を探っていた。
いつものように庭園のガゼボでお茶をしながら侍女とおしゃべりをしていたときだった。侍女の一人がキャサリンのことを話し始めた。
「聖女様はキャサリン嬢のことを気になさっておいででしたよね。わたし、側妃様が住まわれている西宮に務めている侍女と仲良いんですけど、事件前、キャサリン嬢が西宮によく訪ねてきていたと言ってました」
「キャサリン嬢が西宮に……側妃様とお会いになっていらしたのかしら?」
侍女の話では、その子は下っ端なので側妃様のお部屋には日頃近づいてはいけないことになっていた。
その日は侍女長に急用があって探しているうちに、側妃様の部屋の近くまで行ってしまった。そこでドア前にいる衛兵とヒソヒソ話しをしているキャサリンを見かけたのだ。何やら手紙のようなものをやりとりしていた。
「衛兵と手紙のやりとり?」
「はい。彼女はそれを見たときは、衛兵と密会していると思ったそうです」
アイリーンは側妃の部屋の前で密会など考えられないと思った。
「側妃様の部屋の前で密会?ありえないわね」
「そうなんです。わたしもそう思って言ったんですが、長くその場にいられなくて、それ以外は見ていないと」
「そう、貴重な話だわ。話してくれてありがとう」
「いいえ、聖女様のためなら。その代わりと言ってはなんですが、わたしが病気や怪我をしたときは無料で治してくださいね」
「……ええ、わかったわ」
アイリーンは返事はしたものの、力が使えないので心の中で謝った。
(ごめんなさいね。今のわたしは力を使えないのよ……でもさすが聖女様ね。アイリーン姿のわたしでは決して入ってこない情報だわ。こういうとき傲慢令嬢ではきっと役に立たなかったわね。エドワード様にはさらに傲慢になると心の中で誓ったけれど……)
突然甲高い声が飛び込んできた。
「まあ!聖女様とあろう者が侍女とおしゃべりしながらお茶をしているなんて、出生が知れるわね」
派手なドレスを着た令嬢が見下すような顔をして立っていた。
(あらあら、どこかで聞いたようなセリフ……わたくしだったかしら)
「わたくしはマーガレット・ウォール侯爵令嬢よ」
(知っているわ)
エリス姿のアイリーンは無視をした。マーガレットはズカズカとガゼボに入って来た。
「まあ、平民の分際で侯爵令嬢であるこのわたくしのことを無視なさるおつもり!?どうせマナーも何も知らないのでしょう、平民だから!」
エリス姿のアイリーンは深くため息をついて立ち上がり、マーガレットに向かってにっこり笑った。
「ウォール侯爵令嬢にエリスがご挨拶申し上げます」
エリス姿のアイリーンの完璧な気品ある挨拶に、マーガレットは一瞬言葉を失ったが、すぐに気を取り直して言った。
「わたくしはアーサー様の婚約者候補なの。あなた、アーサー様と親しくしているみたいだけど、平民が話ができるような相手じゃないのよ。今後、近寄らないで!」
(婚約者候補?それは知らなかったわ)
アイリーンは再び無視をして座り、お茶を飲み始めた。
「ちょっと聞いているの!?」
マーガレットが怒鳴りながらテーブルを叩くと、ちょうどテーブルにティーカップを置こうとしたアイリーンの手にお茶がかかった。侍女が慌てて濡れタオルをアイリーンの手に当てた。
「ウォール侯爵令嬢様。王子妃候補であるならばそれなりの教育も、当然、受けられていますわよね。今の行為は、かなり、品位に欠けているとご自分でお思いになりませんか?」
「何偉そうに言ってるのよ!平民のくせに!」
「侯爵令嬢様は、披露目式にご出席なさらなかったのかしら?それとも、あのとき陛下が何とおっしゃったか、お忘れになられたのかしら?」
エリス姿のアイリーンは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩いてマーガレットの前に立った。
「な、何よ……」
アイリーンは大きく息を吸い込むと、
「聖女エリスは国の宝、何人たりとも聖女を傷つけたり、蔑んだりできないと意せよ。聖女を傷つける者は、王家への反逆とみなす!」
と、大きな声で言った。
マーガレットは不安と憤りの混じったような顔をして一歩下がり、
「わ、わたしが王妃になったら、あなたなんか潰してやるわ……」
と、小声で呟いて小走りで去って行った。
(何ですって、王妃?)
アーサーを追いかけ回しているが、本当はエドワードを狙っているのか。それともエドワードがいなくなり、アーサーが王太子になれば、その伴侶は王妃になれる。マーガレットはそれを狙っているのかもしれない。
アイリーンは急いでエドワードの執務室に行き、侍女から聞いた話と、マーガレットとのやりとりを伝えた。
「マーガレット嬢がそんなことを……ウォール侯爵家を調べてみる必要があるな」
「はい。側妃様とブーリン卿、ウォール侯爵家とバロー男爵家。結託して行った犯行か、あるいは単独犯か……いずれにしても少し先がみえてきましたわ」
「礼を言うよ、エリス殿。君がいなければ得られなかった情報だ」
「いえ、わたしも早くアイリーン様の無実を証明したいのです」
エドワードはエリス姿のアイリーンに、目を細め微笑みながら言った。
「感謝する……」
アイリーンはエドワードのその顔と低く優しい声に胸が高鳴った。
次回の投稿は11/19の予定です。




