11.知る思い
エドワードとの執務室での話は、お茶を運んだ侍女の話だった。事件後すぐに辞めた侍女が一人いるが、実家にも帰っておらず、行方がわからないらしい。
「侍女の名前はキャサリン・バロー、バロー男爵家の令嬢だ。事件翌日、侍女長に手紙だけ残していなくなったそうだ。これがその手紙だ」
手紙には急に辞めることに対しての詫びの言葉だけが書かれていた。
「この手紙は侍女長が直接受け取ったのですか?」
「いや、朝起きたらドアの前にあったそうだ。ドアの隙間から入れたのだろう」
「では、事件後誰もキャサリン嬢には会っていないのですね。」
「ああ、状況的に彼女がアーサーの言っていた侍女で間違いないだろう」
バロー男爵家は貿易で財をなし、お金で爵位を得た家門だった。最近は商売があまり上手くいっていなかった。
「ではキャサリン嬢がお茶に毒を混入したのでしょうか?」
「おそらく。今もっとも怪しい人物だ」
アイリーンは考えた。キャサリンが王族を殺しても何の利も得ない。捕まれば死刑確定、お家断絶の超重大案件だ。
「そうですね。でも令嬢はただの実行役でしょう。主犯が他にいるはずですわ」
「わたしもそう考えている。王妃とわたしがいなくなれば得をする人物だ」
アイリーンは再び考えた。王妃とエドワードだけ狙うなら二人だけのときにお茶を運べばいいことだ。わざわざアイリーンとエリスを呼ぶ必要はない。
「いえ、待ってください。わた……アイリーン様は飲む前に殿下たちが苦しみだしたので、飲まなかった……そしてもう一人、わたしも第二王子殿下に呼ばれたから飲まずに済みました。そうでなければあのお茶を飲んでいたかも知れません」
「四人とも狙ったということか?」
「はい、第二王子殿下が犯人ではない限り。本来ならばキャサリン嬢が談話室に入り、四人にお茶を入れて渡したはずです」
エドワードはしばらく考えた。
「しかし、四人が談話室に集まることを知っていたということになるが、集まる約束をしていたわけじゃない。やはり、狙われたのは王妃とわたしだけではないか」
アイリーンは首を傾げた。宴の後に談話室に来るようにと王妃様から侍女に言伝をしたはずだ。おそらくエリスにも。
「わたしは談話室に呼ばれたのです、王妃様からの言伝だと侍女に言われましたわ」
「本当か?しかし、王妃は何も言っていなかった。わたしが談話室で休憩していると王妃が来て、宴の途中で抜けて戻らなかった事への小言を言われただけだった。アイリーンやエリス殿を呼んでいることはひと言も言っていなかった」
王妃が呼んでいないとなると別の誰かが談話室に行かせるように仕組んだということになる。
「……王妃様と殿下が談話室に居ることも知っていてわたしとアイリーン様を呼んだのですね」
「四人とも狙ったのか……あるいは生き残った者を犯人に仕立て上げようと考えていたのかも知れない」
「そうですね……いずれにしてもわたしたち四人を邪魔だと考えているということですね……そうだとするとまた命を狙われるというこになりますわね」
エリス姿のアイリーンは両腕を抱えてほんの少し身震いをした。エドワードはその様子を見て慰めるように言った。
「今はこの間の事件で警備強化しているし、貴族のほとんどが疑われないように警戒しているだろうから、しばらくは行動を起こすことはないだろう。大丈夫だ。エリス殿のことは必ず守るようにする」
エドワードは真剣な顔でエリス姿のアイリーンを見つめながら言った。
アイリーンはエドワードの言葉に安堵したと同時に、エドワードの精悍な顔に胸がときめいた。そしてそれを隠すように、からかうように言った。
「まあ、毒を飲んで死にかけていた方が、わたしを守れるのですか?」
エドワードは苦笑いをした。
「はは、それを言われると痛いな。でも次はないと誓うよ」
アイリーンは胸のときめきを抑えながら言った。
「王太子殿下。わたしの身はわたしで守れるよう気をつけます。アイリーン様はまだ何も知りません。どうかアイリーン様をしっかりと守ってくださいませ」
「……君は変わったな。ダンスを教えていた時とは別人のようだ。わたしが意識を失っている間に何かあったのか?」
「(もちろん別人です。エリスのように振る舞うのは無理ですもの)……王宮に来ていろいろあったから強くなったのですわ」
「はは、言い方や雰囲気までアイリーンにそっくりだ。先程君と話していて、アイリーンと話しているような錯覚に陥ったよ。逆にアイリーンは弱々しくなった……」
エドワードは俯き加減で今のアイリーンの様子を思い浮かべた。
「弱々しいアイリーン様はお嫌いですか?」
エドワードは頭をサッと上げ答えた。
「いや、どんなアイリーンでもアイリーンだからね……ただ、この執務室でアイリーンと国政の話や領土の話、隣国との交流の話をするのが好きだった。彼女の意見は率直で厳しかったが、国や民を思う真っ直ぐな、偽りのない言葉が心地良かった…」
慈しむような微笑みをしながらアイリーンのことを話すエドワードを見て、アイリーンはそんなふうに思っていてくれたのだと嬉しさが込み上げてきた。それと同時にエドワードはアイリーンが周りから何と言われていたか知らないのだろうかと思った。
「アイリーン様はその性格ゆえに、傲慢令嬢などと言われ、貴族の方々から嫌われていたとお聞きしましたが?」
「いずれ王妃になる身だ。王族以外の者にへつらうようでは務まらないだろう。わたしにはお飾り王妃など必要ない。アイリーンほどわたしの伴侶に相応しい相手はいないと思っている」
アイリーンは今すぐにでもエドワードの手を取り、ぐるぐる回りたい気持ちを抑えた。
(ありがとうございます、エドワード様。わたくしあなたの横に並んでも恥ずかしくないように、さらに傲慢になれるよう頑張りますわ)
アイリーンは心の中で固く誓った。
次回の投稿は11/17の予定です。




