9.疑惑の人たち
エドワードの執務室に側近と一緒にアーサーが入って来た。
エドワードは執務机の椅子に座り、エリス姿のアイリーンはその前にあるソファに座っていた。
「兄上、何か用?あ……エリスもいたんだ……」
アーサーはエリス姿のアイリーンから目を逸らした。
(王子殿下がエリスを見ない……?王子殿下の様子がおかしいわ)
「エリス殿から聞いたのだが、事件があった時、お前が侍女から受け取ってお茶を運んだというのは本当か?」
アーサーは目を見開いてエリスを見た。
「エリスが喋ったのか?」
(え、どういうこと……?)
アイリーンは戸惑った。アーサーとエリスの間になにか交わしていたことがあったのかもしれない。アイリーンは少し焦ったが、今は口を閉ざしておこうと思った。エリス姿のアイリーンは黙って視線を横に向けた。
アーサーはしばらくエリスを見ていたが、長いため息を吐いてから言った。
「ああ、そうだよ、侍女から引き取ってお茶を運んだのは僕。だけど、それだけさ、何も知らない」
「どうして今まで黙っていたんだ!」
エドワードは立ち上がり、机を拳で叩いて怒鳴った。
「間違いなく僕が疑われると思ったからさ!だってそうだろ、兄上がいなくなって一番得するのはこの僕じゃないか!」
アーサーも大きな声で対抗した。
「お前は後継者に興味などなかったではないか、誰が疑う?」
「周りはそうは思わない!」
「ではアイリーンがあのまま処刑されてもおまえは平気でいられたのか!」
アーサーは言葉に詰まった。けっしてアイリーンが処刑されていいだなどと思ってはいない。
「……………」
エドワードは大きくため息をついた。
「わかった、とりあえず座ってくれ。わたしはおまえを疑っているわけじゃない。お茶を運んでいた侍女のことを聞きたかっただけだ」
アーサーはエリス姿のアイリーンが座っているソファの、テーブルを挟んだ向かいのソファに座り、首をうなだれた。
「……侍女のことは僕も探した。でも王宮のどこを探しても見つからないんだ……」
アーサーは首をうなだれまま話した。
「母上にも相談したけど、僕がお茶を運んだことは絶対誰にも口外するなと言われて……だからエリスにも口止めしたんだ、事の真相がはっきりするまで誰にも言わないでくれと……でも喋っちゃたんだね……」
アーサーはエリス姿のアイリーンの方をチラリと見た。エリスに約束を破られてかなり傷心しているようだった。
「あ、ごめんなさい……」
アイリーンもなんと言っていいかわからなかった。
「いや、黙っている方が辛かったよね……こちらこそ、ごめん」
そう言うとアーサーは再び俯いて両手を握りしめた。エドワードはエリスを庇うように言った。
「エリス殿からはアーサーが口止めしたとは聞いていない。すでにおまえがわたしには話しているだろうと思って、侍女がどうなったか、聞いてきただけだ」
「そうなんだ……」
アーサーは少し微笑んでエリスを見た。
「侍女のことはこちらで調べる。名前はわからないのか?」
「名前は知らない。でも何度か見かけたことはあるから顔は覚えている。何人かの侍女に聞いてみたが、僕の説明では特定することが出来なかった。探しても見つからなっかったから、もう辞めているかもしれない」
「そうか、では事件後に辞めた侍女を調べてみよう」
エリス姿のアイリーンは今言うべきタイミングだと思い、ブーリン卿のことをそれとなく伝えた。
「あの、それから気になる方が。アイリーン様の取り調べをなさった方も、誰がお茶を運んで来たかアイリーン様からお聞きになってるはずだと思うんです。でもどうして報告されなかったのか……おかしいと思いませんか?」
「アイリーンを取り調べたのはブーリン卿だ。ブーリン卿からは……なぜか事実とは異なる報告を受けている」
エドワードは眉をしかめ、右手を頭の後ろに置いた。アーサーはその様子を見ながら言った。
「ブーリン卿は母上の親戚にあたる方だ。僕に関わる事だから口止めされていたのかも知れない」
「陛下の側近だからな。ブーリン卿を取り調べ出来ないだろうし、近衛兵団隊長のプライドがあるから、簡単に報告を嘘だとは認めないだろう。とりあえず今日のことは陛下に報告して指示を仰ごう」
「父上に今言うのは時期早々では?ブーリン卿は陛下の信頼も厚いし、母上の親戚、つまりモントロール公爵家の傍系だよ。父上はどっちを信用するか……」
エドワードは黙って頷いた。
「もう少し調べて確証を得るまでは陛下には黙っておく」
アーサーも頷いた。
エリス姿のアイリーンはエドワードの執務室を出て離宮に戻りながら考えた。
(侍女に、ブーリン卿に、側妃様。王子殿下もまだ潔白と決まったわけじゃないわ。王子殿下を後継者に望んでいる貴族のうちの誰かかも知れないし、全員が結託している可能性もあるわね。主犯格と実行犯、協力者。どうやって炙り出しましょうか?)
アーサーがエリスを追って出て来たが、声をかけることができず、後ろ姿が見えなくなるまで哀しげな表情でじっと見つめていた。
次回の投稿は11/13の予定です。




