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偽りの魔女に、誓いの口づけを~この魔法、敵国の思い通りにはさせません!  作者: 咲夜
第一章:混沌の箱庭 ~敵と味方の境界線~
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毒入りシチュー

しばらくの間、下を向いて黙っていたレオニス様が、突然鋭い視線をこちらに目を向けた。

(なんて鋭い目…レオニス様が一体何を考えているのか、私には検討もつかない)


ただ一つ言えることは、今の彼に、私への誠実さは一欠片(ひとかけら)もない、ということ。


以前はきっと、国王陛下から命じられた通り、私を信用させるために演じていたのだと、今になって気がつく。

(きっと、私の目は節穴だったのね――)


張り詰めた沈黙のまま、時間だけが過ぎていく。


そのあまりにも気まずい静寂を破ったのは、くぅ、という情けない音だった。


音の主は、私のお腹…

恥ずかしさで一気に顔が熱くなる。


(そういえば、逃げることに必死で、何も食べていないことを忘れていたわ)


すると、まるで応えるかのように、レオニス様のお腹からも、ぐぅ、とさらに大きな音が鳴り響いた。

彼の端正な顔が、一瞬だけ気まずそうに歪む。


こんなに張り詰めた状況下にいても、生理的な欲求は起こるらしい。

レオニスは、ちっ、と小さく舌打ちをすると、小さな声で言った。


「何か…食べるものはないのか?」


「すぐに用意いたします…」


私がそう言うと、彼は(いぶか)しげに眉をひそめたが、それを無視してテーブルの方へ歩いていく。

そして心の中で強く願った。

(冷えた体に、温かいものを…栄養のある、野菜のシチューと、焼きたてのパンを)


すると、何もないテーブルの上にふわりと柔らかな光が集まり始めた。

光はみるみるうちに形を成し、湯気の立つシチューの入った器二つと、こんがりと焼かれたパンの入った籠が音もなく現れる。


「なっ…!?」


レオニス様は生まれて初めて魔法を見たかのように目を見開いた。

私は黙って器とスプーンを彼の前に一つ置き、自分も椅子に座る。


しかし、彼は差し出されたスプーンを手に取ろうとはしなかった。

その瞳に宿るのは、当然の警戒心。魔女だと信じてやまない女が出す食べ物だ。毒が入っていると考えるのが普通だろう。


私は何も言わず、彼の前にある器から、シチューをスプーンに一口すくった。

そして、彼の目の前で、ゆっくりと自分の口へ運ぶ。

こくり、と飲み下して、彼を見つめた。


「安心してください。毒など入れておりませんので」


彼は一瞬ためらった後、無言でスプーンを手に取った。

それでもまだ警戒しているのか、自分のお皿のシチューを半分だけ食べると、スプーンを置いた。


私は自分のお皿のシチューも半分食べ、そして、まだ半分残っている自分のお皿を、彼の前にすっと押し出す。


「それだけでは足りないでしょう?」


彼は驚いたように私を見た。

その紫色の瞳が、ほんの少しだけ揺らいだように見えたのは、きっと気のせいではない。


「本当に、毒など入れておりませんので、どうかお召し上がりください」


彼は結局、最後まで何も言わなかった。

ただ、差し出された私の器を受け取ると、残りを静かに食べ終えた。


言葉のない、奇妙な食事。

それは、私と彼との不思議な共同生活の始まりを告げる、最初の晩餐だった。

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