毒入りシチュー
しばらくの間、下を向いて黙っていたレオニス様が、突然鋭い視線をこちらに目を向けた。
(なんて鋭い目…レオニス様が一体何を考えているのか、私には検討もつかない)
ただ一つ言えることは、今の彼に、私への誠実さは一欠片もない、ということ。
以前はきっと、国王陛下から命じられた通り、私を信用させるために演じていたのだと、今になって気がつく。
(きっと、私の目は節穴だったのね――)
張り詰めた沈黙のまま、時間だけが過ぎていく。
そのあまりにも気まずい静寂を破ったのは、くぅ、という情けない音だった。
音の主は、私のお腹…
恥ずかしさで一気に顔が熱くなる。
(そういえば、逃げることに必死で、何も食べていないことを忘れていたわ)
すると、まるで応えるかのように、レオニス様のお腹からも、ぐぅ、とさらに大きな音が鳴り響いた。
彼の端正な顔が、一瞬だけ気まずそうに歪む。
こんなに張り詰めた状況下にいても、生理的な欲求は起こるらしい。
レオニスは、ちっ、と小さく舌打ちをすると、小さな声で言った。
「何か…食べるものはないのか?」
「すぐに用意いたします…」
私がそう言うと、彼は訝しげに眉をひそめたが、それを無視してテーブルの方へ歩いていく。
そして心の中で強く願った。
(冷えた体に、温かいものを…栄養のある、野菜のシチューと、焼きたてのパンを)
すると、何もないテーブルの上にふわりと柔らかな光が集まり始めた。
光はみるみるうちに形を成し、湯気の立つシチューの入った器二つと、こんがりと焼かれたパンの入った籠が音もなく現れる。
「なっ…!?」
レオニス様は生まれて初めて魔法を見たかのように目を見開いた。
私は黙って器とスプーンを彼の前に一つ置き、自分も椅子に座る。
しかし、彼は差し出されたスプーンを手に取ろうとはしなかった。
その瞳に宿るのは、当然の警戒心。魔女だと信じてやまない女が出す食べ物だ。毒が入っていると考えるのが普通だろう。
私は何も言わず、彼の前にある器から、シチューをスプーンに一口すくった。
そして、彼の目の前で、ゆっくりと自分の口へ運ぶ。
こくり、と飲み下して、彼を見つめた。
「安心してください。毒など入れておりませんので」
彼は一瞬ためらった後、無言でスプーンを手に取った。
それでもまだ警戒しているのか、自分のお皿のシチューを半分だけ食べると、スプーンを置いた。
私は自分のお皿のシチューも半分食べ、そして、まだ半分残っている自分のお皿を、彼の前にすっと押し出す。
「それだけでは足りないでしょう?」
彼は驚いたように私を見た。
その紫色の瞳が、ほんの少しだけ揺らいだように見えたのは、きっと気のせいではない。
「本当に、毒など入れておりませんので、どうかお召し上がりください」
彼は結局、最後まで何も言わなかった。
ただ、差し出された私の器を受け取ると、残りを静かに食べ終えた。
言葉のない、奇妙な食事。
それは、私と彼との不思議な共同生活の始まりを告げる、最初の晩餐だった。