表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの魔女に、誓いの口づけを~この魔法、敵国の思い通りにはさせません!  作者: 咲夜
第二章:聖女と呼ばれた姫と、王子の覚悟
20/29

聖女の奇跡と、王子の一手

セドナ平原を埋め尽くす、何万という民衆の熱狂と期待が、肌を刺すように伝わってくる。

乾ききった大地に建てられた巨大な祭壇の上。私の隣には、寸分の隙もなく、守護役という名の監視役としてレオニスが立っていた。

彼の父、国王陛下は、玉座から満足げに私たちを見下ろしている。


(見ていなさい、国王陛下。あなたの思い通りにはさせない)


私は、民衆の幸せと、レオニスの勝利を、強く、強く、心に願った。

そして、祝福の呪文を、高らかに唱え始める。


私の体から、温かい魔力が穏やかな光となって溢れ出す。

その瞬間、隣に立つレオニスの体から、まるで呼応するかのように、力強い気配が立ち上った。

彼の「獅子の心臓」が、私の魔法と共鳴し、私の想像を遥かに超えるほどの力へと増幅させていくのが分かる!


私の手から放たれた光は、天へと昇り、乾ききっていた空に広がっていた雲を、みるみるうちに集めていく。

やがて、ポツリ、と。

私の頬に、冷たい雫が落ちた。


雨だ。

一滴一滴が、まるで光の粒を含んでいるかのようにキラキラと輝き、大地へと降り注いでいく。

その慈愛に満ちた雨に打たれた人々は、天を仰ぎ、歓喜の声を上げた。


奇跡は、それだけでは終わらない。

恵みの雨が染み込んだ大地から、茶色かった土の間から、次々と、緑色の若葉が芽吹き始めたのだ。

死んでいたはずの平原が、目の前で、鮮やかな生命の色を取り戻していく。


「おお…!」

「聖女様だ!聖女様が、この大地を救ってくださった!」


民衆の熱狂は、最高潮に達した。

国王は、玉座から立ち上がり、満足げに頷いている。彼の実験は成功し、この奇跡は全て自分の手柄になる。そう、確信した表情だった。


だが、その時だった。

レオニスが、一歩前に出た。

そして、魔力で増幅させた、朗々たる声で、民衆に向かって叫んだのだ。


「我がヴァルトリアの民よ!この奇跡を目に焼き付けよ!これは、ただの恵みの雨ではない!聖女アイリス様の、悲しみの涙だ!」


民衆が、ざわ…とどよめいた。

玉座の上の国王が、怪訝な顔で眉をひそめる。


レオニスは、祭壇の上に跪く、疲れ果てた私の方を振り返り、悲痛な表情で続けた。


「見よ!聖女様は、この枯れた大地と、飢えに苦しむ我ら民の姿を深く悲しまれ、ご自身の命を削って、この奇跡を起こしてくださったのだ!何の見返りも求めず、ただ、我らを救いたいという、その一心で!」


彼は、今度は民衆一人一人の顔を見渡すようにして、問いかけた。


「だが、我らはどうだ!この尊い自己犠牲に対し、我らは今まで、聖女様に何をして差し上げた?ただ奇跡を求め、聖女様を祭り上げ、そのお心に寄り添おうとすらしなかったのではないか!」


民衆の間に、罪悪感と、気まずい沈黙が広がる。


「聖女様は、奇跡を起こすための『道具』ではない!我らと共に痛み、共に喜んでくださる、慈愛に満ちたお方なのだ!我らが真に捧げるべきは、熱狂ではない!そのお心を慮り、感謝し、その御身を、これ以上お疲れさせてはならぬという、敬愛の念であるべきだ!」


その演説は、人々の心を強く、強く揺さぶった。

熱狂的な歓声は、静かで、しかし深い、祈りのような拍手へと変わっていく。

民衆の目は、もはや国王ではなく、ただ一人、祭壇の上で静かに微笑む、聖女アイリスにだけ注がれていた。

「聖女様…」「我らのために…」という、感謝と労いの声が、あちこちから聞こえ始める。


国王の顔が、怒りと屈辱に歪むのを、私は確かに見た。

レオニスは、私の功績を国王の手柄にするどころか、「アイリス=自己犠牲の聖女」「奇跡を求める我々(国王含む)=彼女を疲れさせる存在」という構図を、完璧に作り上げたのだ。

これにより、国王は今後、私に無理な奇跡を安易に要求できなくなった。


儀式が終わり、祭壇を降りる、ほんの一瞬。

レオニスが、誰にも聞こえない声で、私にだけ囁いた。


「…まずは、大きな一手だ、アイリス。君はもう、道具じゃない」


その声には、確かな手応えと、しかし、まだ続く戦いへの覚悟が滲んでいた。

私たちは、巨大なチェス盤の上で、民衆の心という、最も強力な駒を、確かに手に入れたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ