混沌の箱庭
冷たい空気を吸い込んで、アイリスはゆっくりと目を開けた。
見知らぬ木の天井。肌に触れるシーツは硬かった。
(…ここは…?)
朦朧とする意識の中、体を起こそうとして、全身を襲う倦怠感に顔をしかめた。
「…ぅ…」
すぐ傍から、低い呻き声が聞こえた。
はっとして横を見ると、レオニスがベッドの上で身を起こそうとしているところだった。
「…ここは、どこだ?」
先に言葉を発したのはレオニスだった。
彼の紫色の瞳が、警戒心もあらわに室内を素早く見回している。小さなベッドが二つ、粗末なテーブルと椅子、そして古びた暖炉。どう見ても、彼が住まう王城の一室ではない。
「答えろ。ここはどこだ。お前がやったことか、魔女」
彼の声には、刃のような鋭さがあったが、アイリスは負けじと答えた。
「私の魔法が、失敗したようね」
「失敗?」
「二人分の転移は、私の魔力では制御しきれなかったということよ。ここは、現実の世界と世界の…狭間のような場所。魔法の法則だけで構成された、仮初めの空間よ」
「馬鹿なことを言うな!」
レオニスはアイリスの言葉を信じず、一直線にドアへと向かった。
しかし、何度ドアノブを回しても、渾身の力で扉を押しても、それは石のようにびくともしない。
「どういうことだ…?」
愕然とする彼に、アイリスは静かに告げた。
「無駄よ。私の推察が正しければ、この空間は、私の魔力によって維持されているの。だから私の魔力が完全に回復するまではここから出られないの」
「…なんだと?」
レオニスが、ゆっくりとアイリスの方へ振り返る。
その紫色の瞳には、信じられないという戸惑いと、じりじりと燃え上がるような怒りの炎が宿っていた。
「つまり、俺は…」
彼は、一歩、また一歩とアイリスに詰め寄る。
「お前のような得体の知れない魔女と、わけの分からない場所で、二人きりだというのか…?」
俺は、彼女を壁際に追い詰め、その顔を覗き込んだ。
月明かりに照らされた、透き通るような白い肌。濡れたように輝く、大きな瞳。
(…改めて見ると、息を呑むほど、美しいな)
その美貌は、レオニスの警戒心を、より一層強くさせた。
(これも、魔女が人を誑かすための、偽りの姿なのか…)
思わず込み上げる不快感に、ちっと舌打ちをすると、彼女から距離を取る。
外では雨が降り始めたのだろうか…部屋の中には静かな雨音が響いていた。