聖女の舞台
レオニスとの手紙のやり取りが、私の唯一の支えだった。
リリアが運んでくる、数日に一度のティータイム。受け皿の裏に隠された小さな羊-皮紙が、この鳥かごの中にいても、私は一人ではないと教えてくれる。
レオニスからの手紙には、オルデン公をはじめ、彼の味方になってくれる貴族が少しずつ増えていること。
そして、母君が遺した文献から、やはりヴァルトリア王家の血には、魔力を増幅させる『獅子の心臓』の力があるという記述が見つかった、ということが綴られていた。
私たちの仮説は、真実だったのだ。
その事実を知った上で、国王の次の命令を聞いた時、私はその本当の狙いを理解し、背筋が凍る思いがした。
「三日後、日照りに苦しむ南部の穀倉地帯、セドナ平原にて、聖女による『雨乞いの大儀式』を執り行う」
国王は、ついに私の祝福の力を、国を挙げて利用するつもりなのだ。
しかし、それだけではない。
布告には、こうも付け加えられていた。
「当日は、聖女の帰還に貢献した第一王子レオニス殿下が、『聖女の守護役』として、その傍らに立たれることとなった」
(…試すつもりなんだわ)
国王は、レオニスが帰還してから、彼の力を試す機会を窺っていたに違いない。
私とレオニスを、民衆の前で隣に立たせる。
そして、祝福の魔法を使った時、その力がどれほど増幅されるのか。
『器』の力が、本当に存在するのかどうかを、この大儀式で、実験するつもりなのだ。
それは、あまりにも悪趣味で、冷酷な計画だった。
断ることはできない。拒否すれば、故郷が危ない。
そして何より、これは、離れ離れになっていたレオニスと再会できる、唯一の機会でもあった。
儀式の当日。
私は、純白の儀式服をまとわされ、豪奢な馬車に乗せられてセドナ平原へと向かった。
平原には、巨大な祭壇が組まれ、その周りには、奇跡を一目見ようと、何万という民衆が集まっていた。
祭壇の上で、私を待っていたのは、同じように儀式服をまとったレオニスだった。
最後に会った夜よりも、少しだけ痩せたように見える。けれど、その紫色の瞳には、以前よりもずっと強い、覚悟の光が宿っていた。
久しぶりの再会。
しかし、そこには国王をはじめ、無数の監視の目があった。
私たちは、言葉を交わすどころか、視線を合わせることすらできない。
やがて、儀式の始まりを告げる角笛が鳴り響く。
国王が、祭壇の上から高らかに宣言した。
「見よ、我が民よ!我が息子レオニスが連れ帰りし聖女が、今、この枯れた大地に、神々の祝福をもたらすであろう!」
民衆の熱狂的な歓声の中、私はレオニスの隣に立ち、ゆっくりと天に手を掲げた。
隣に立つ彼の、確かな気配を感じる。
彼の『器』の力が、私の魔力と共鳴し、渦を巻いていくのが肌で分かった。
(見ていなさい、国王陛下。あなたの思い通りにはさせない。これは、あなたの実験なんかじゃない。私たちの、最初の反撃よ)
私は、民衆の幸せと、レオニスの勝利を、強く、強く、心に願った。
そして、祝福の呪文を、高らかに唱え始めたのだった。