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偽りの魔女に、誓いの口づけを~この魔法、敵国の思い通りにはさせません!  作者: 咲夜
第二章:聖女と呼ばれた姫と、王子の覚悟
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聖女の初仕事

「聖女アイリス様、お召し替えの時間でございます」


感情の読めない侍女の声で、私はまどろみから引き戻される。

あの日、王城の一室に連れてこられてから、私の一日は、こうして始まるようになった。

豪華だが、自由のない鳥かごの中。侍女たちの笑顔は完璧な仮面のようで、その瞳の奥には、常に私を監視する冷たい光が宿っていた。


国王に故郷を人質に取られている今、私にできることは、従順な聖女を演じることだけ。

しかし、ただ無力に飼いならされるつもりはなかった。

(見ていなさい。あなたの思う通りには、ならないわ)

心の中で、国王への反抗の炎を静かに燃やし続ける。


そんなある日、ついに国王から最初の「仕事」が言い渡された。


「中庭にある『嘆きの白バラ』を、咲かせてみせよ」


侍女長を通して伝えられた命令。

嘆きの白バラとは、建国の際に植えられたと伝えられる伝説の古木で、ここ数年、原因不明のまま枯れかけているという。

それを蘇らせることで、「聖女の奇跡」を城の者たちに知らしめ、私の力を誇示するのが狙いだろう。


私は、大勢の侍女や神官、そして国王の息がかかった騎士たちに囲まれながら、中庭へと連れていかれた。

噂の白バラは、まるで枯れ枝のように痩せ細り、見るからに生気がなかった。


「さあ、聖女殿。奇跡を見せていただこうか」

遠巻きに見つめる貴族たちの中から、国王の側近の声が飛ぶ。

誰もが、私がどんな派手な魔法を使うのかと、好奇と侮蔑の入り混じった目で見ている。


私は、そんな視線を無視し、ゆっくりと白バラの木の前に跪いた。

そして、そっと、その枯れ枝のような幹に両手で触れる。


(ごめんなさい。苦しかったでしょう…)


私は、派手な光を放つような魔法は使わなかった。

ただ、目を閉じ、この木が感じてきたであろう、長い年月の痛みと孤独に、静かに心を寄り添わせる。

私の祝福の魔法は、支配する力じゃない。

生命と対話し、その声を聞き、癒すための力だ。


私の体から、温かい魔力が、穏やかな光となって木の幹へと伝わっていく。

すると、奇跡が起こった。


枯れ枝のようだった幹に、みるみるうちに瑞々しさが戻り、茶色い樹皮は若々しい緑色へと変わっていく。

硬く閉ざされていた蕾が、ゆっくりと、しかし確実にほころび始め、やがて、芳しい香りと共に、純白の大輪の花を咲かせた。


それだけではなかった。

私の祝福は、バラの木だけでなく、その周辺一帯に満ち溢れた。

元気をなくしていた周囲の草花は色鮮やかさを取り戻し、どこからともなく現れた小鳥たちが、楽しげに歌いながら枝に止まる。

まるで、その一角だけ、春が訪れたかのようだった。


「おお…!」

「なんと…!」


どよめきが起こる。

彼らが期待していたのは、雷鳴のような派手な奇跡だっただろう。

しかし、目の前で起きたのは、あまりにも静かで、穏やかで、そして慈愛に満ちた、生命そのものの息吹だった。


監視していた侍女たちの中に、何人か、そっと胸の前で十字を切る者がいた。

彼女たちの瞳から、監視の色が消え、純粋な信仰の光が宿り始めていたのを、私は見逃さなかった。

これが、私の戦い方だ。力ではなく、心で、この鳥かごの中から仲間を増やす。


その日の夜、部屋で一人、今日の出来事を思い返していると、一人の若い侍女が、夜食のハーブティーを運んできた。

彼女は、昼間、胸の前で十字を切っていた侍女の一人だった。


「アイリス様。お見事でございました」

彼女は、小声で、しかし熱のこもった声で言った。

そして、トレイを差し出すふりをしながら、私の耳にだけ聞こえる声で、そっと囁いた。


「…先ほど、王子殿下の側近である、黒髪のアラン騎士に、動きがあったと」

「…!」


侍女は、それだけを告げると、意味ありげに私に一度だけ頷き、静かに部屋を去っていった。

私の心臓が、大きく音を立てた。


アラン。

私を、国王の騎士たちに引き渡した、あの騎士。

彼が、動いた…?


それは、レオニスの指示によるものなのか。

それとも、国王の命令で、次なる罠を仕掛けるための動きなのか。

今の私には、何も分からない。

彼が敵なのか、味方なのかすらも。


確かなのは、水面下で、何かが動き出したということだけ。

それは、希望の兆しなのか、それとも、さらなる絶望の始まりなのか。


私は、まだ湯気の立つハーブティーを、震える手で握りしめた。

この鳥かごの中で、私はただ、運命の歯車がどちらに回るのかを、待つことしかできないのだ。

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