引き離された二人
私たちが転移したのは、ヴァルトリアの城から少し離れた森の中だった。あの日、私が転移魔法のために逃げ込んだ森だ。
不思議なことに、今はこうして、彼と手を取り合い、二人で並んでいる。
「…帰ってきたんだな」
レオニスの呟きには、安堵よりも、これから始まる戦いへの覚悟が滲んでいた。
「どうするの?このまま城へ?」
「ああ。だが、その前にやるべきことがある」
彼は、私の手を固く握りしめた。
「城に戻れば、俺たちはすぐに引き離されるだろう。獅子の魂の話が本当なら、あの父上が、君をやすやすと俺の傍に置いておくはずがない。だから、その前に…」
レオニスは、懐から小さな紋章の入った笛を取り出し、夜空に向かって短く吹いた。
「…信頼できる部下がいる。彼に君を託し、安全な場所へ匿ってもらう。俺は一人で城へ戻り、父上と対峙し、そして俺たちの血の秘密を確かめる」
「私も一緒に行かせて!」
「それはダメだっ!」
彼の、覚悟が詰まった声に、私は言葉を失った。
「君は、俺の最後の切り札なんだ。そして何より…君を危険な目に遭わせたくない。頼む、アイリス。俺を信じて、待っていてくれ」
その、必死な瞳に、私は頷くことしかできなかった。
しばらくして、闇の中から一人の騎士が姿を現した。
実直そうな顔立ちに、短く刈り揃えられた黒髪の騎士――アランだった。
「殿下…ご無事でしたか!それに、その方は…アストライアの…」
「アラン。詳しい話は後だ。頼みがある。彼女を、誰にも知られぬよう保護してくれ。」
レオニスの、王としての命令。
アランは一瞬、何かをためらうように視線をさまよわせた。そして、私とレオニスの顔を交互に見ると、まるで何かを諦めたかのように、静かに、そして深く息を吐いた。
「…御意に」
言葉とは裏腹に、アランは納得していない様子だった。状況がつかめない中、彼もきっと不安なんだろう。
こうして、私は再びレオニスと離れ離れになった。
アランに連れられて身を隠したのは、王都の城壁のすぐ外にある教会だった。
息を切らしながら、アランは私を奥の小さな部屋へ案内した。
「アイリス様、どうかここでお待ちください。殿下は必ずや、事を成し遂げられます」
彼はそう言うと、部屋の扉に、外からカチャンと閂をかける音がした。
(…え?なぜ、外から鍵を…?)
私を保護するためだとは分かっていても、胸騒ぎが止まらない。
◇
私が部屋で一人になってから、一刻も経っていなかっただろうか。
外が、急に騒がしくなった。複数の足音、鎧の擦れる音。
バタン!と、私の部屋の扉が乱暴に開け放たれた。
そこに立っていたのは、国王直属の近衛騎士たちだった。
そして、その騎士たちの後ろに、静かに佇んでいるアランの姿もある。
彼は、私と目を合わせると、静かに、そして深々と頭を下げた。
それは、謝罪のようにも見えた。
「…アストライアの姫君ですな。ご同行願います」
私の脳裏に、アランの諦めたようなため息、外からかけられた閂、そして、今目の前で頭を下げる、彼の姿が焼き付く。
信じたくない。けれど、状況は、たった一つの残酷な真実を示していた。
私は、為す術もなく、騎士たちに連行された。
その間、アランは一言も発さず、ただ道を開けるだけだった。