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偽りの魔女に、誓いの口づけを~この魔法、敵国の思い通りにはさせません!  作者: 咲夜
第一章:混沌の箱庭 ~敵と味方の境界線~
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奇跡の光

どれくらいの時間が経っただろうか。

ふと、アイリスは温かい光に包まれているのを感じた。

閉じていた瞼の裏が、ほんのりと明るい。

ゆっくりと目を開けると、信じられない光景が広がっていた。


コテージの窓の外。

今まで混沌とした灰色の靄しか存在しなかった世界に、地平線の彼方から、穏やかな朝焼けのような光が差し込んでいるのだ。


「…目が、覚めたか」


すぐそばから、優しい声がした。

見上げると、ベッドの脇で、レオニスが私の手を固く握りしめていた。その紫色の瞳には、深い安堵の色が浮かんでいる。


「レオニス…?外が…」

「ああ。君が眠っている間に、少しずつ…」


私は、レオニスの手を握り返しながら、脳裏に引っかかっていた、ある記憶の糸をたぐり寄せていた。


「…私が幼い頃、お祖母様から、古いおとぎ話を聞いたことがあります」

「おとぎ話?」


「ええ。『遠い昔、光の祝福を持つ姫君と、その力を守護する、獅子の心臓を持つ王子様がいました』…と」

私は、子供の頃に聞いた、寝物語を思い出しながら語る。


「そのお話では、姫君の祝福は、王子様が隣にいる時だけ、奇跡のような輝きを放ったそうです。王子の強い心が、姫君の優しい力を、何倍にもしたのだと。…当時は、ただの作り話だと思っていました。でも…」


私は、自分たちの身に起きたことを、そのおとぎ話に重ね合わせた。


「私の転移魔法が暴走したのは、あなたを巻き込んだ時。この世界が嵐になったのは、あなたの心が乱れた時。そして、この世界に光が生まれたのは、あなたの心が定まった時…!」

点と点が、線で繋がっていく。


「これは、もう仮説ではありません。きっと真実です。あのおとぎ話は、ヴァルトリアの王家と、アストライアの王家の、遠い昔の物語だったのです。あなたの血筋には、他者の魔力を無意識に『増幅』させたり、『安定』させたりする、獅子の心臓…その力が眠っているのです」


レオニスは、息を呑んだ。

おとぎ話だと思っていたものが、今、目の前で現実になっている。


「もし、そうなら…」

私は続ける。

「国王陛下の本当の狙いも、見えてきます。陛下は、ただ私の祝福の力が欲しかったのではない。あのおとぎ話を、伝説を、ご自身の力で再現し、私の祝福を支配し、増幅させることこそが、真の目的だったのです」


確かに、祝福の魔法単体では、一国の運命を左右するほどの威力は見込めない。だが、その力を何倍にも増幅できるのなら、話は全く別だ。

父君の強欲さも、常軌を逸した執着も、全てに辻褄が合う…。


全ての点が、恐ろしい真実の線で繋がった。

私たちは、この真偽を確かめなければならない。


レオニスは、私をまっすぐ見つめて呟いた。

「…アイリス」


嵐の夜、彼が私の名を叫んだ時とは違う。

それは、落ち着いた、それでいて確かな意志を宿した声だった。

彼が、私を本当の意味で「アイリス」として認めた、最初の響き。


「俺は、君に謝罪する資格すらない。だが、一つだけ、約束させてくれ」


彼は、自らの胸に固く拳を当てた。

それは、ヴァルトリアの騎士が、最も重い約束をする時の型だった。


「このレオニス・フォン・ヴァルトリアの名において、君の失われた自由と名誉を、必ず取り戻す。君を追われる『魔女』ではなく、アストライアの姫君として、いつでも胸を張って故郷へ帰れるように。…その道を、俺が必ず作る」


その紫色の瞳には、もう迷いはなかった。

揺ぎない決意と、誠実な光だけが宿っていた。

その言葉を受け、私は静かに、そしてはっきりと告げた。


「…信じます」


その一言だけで、十分だった。


レオニスは、私の答えを聞くと、その口元に微かな、本当に微かな笑みを浮かべた。


窓から差し込む光は、次第に強くなっていく。

それは、この閉鎖された世界にもうすぐ「本当の夜明け」が訪れること、そして、第一章の終わりが近いことを、静かに告げていた。

 

「行こう」

レオニスが私に手を伸ばし、私は迷いなく、その手を取った、その瞬間。


彼は、私の体を、ぐっと引き寄せた。

驚く間もなく、私は、彼の胸の中に、すっぽりと包まれていた。

服越しに伝わる、彼の確かなぬくもりが、不安だった私の心に、不思議なほどの安心感を与えてくれた。


レオニスは、そっと私を包み込み、囁いた。

「大丈夫、君のことは俺が守る!」


それは、私に、そして何より、彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。

これから始まる戦いの過酷さを、彼が一番、理解しているのだ。


私は、彼の背中に、そっと腕を回した。

「…ええ。信じてるわ」


しばらくして、名残惜しそうに体が離れる。

彼の顔には、もう迷いはなかった。

ただ、固い決意の光だけが宿っていた。


私たちは、もう何も言わずに、ただ、強く、頷き合った。

そして、最後の転移魔法を、唱え始めるーー。

行き先は彼の国、ヴァルトライア。



【第一章・混沌の箱庭 ~敵と味方の境界線~ Fin】

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