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恋は条項にありません!  作者: 遠野 文弓
第6章 確認・その他

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67.半人前の自覚

 朝礼で業務連絡を一通り済ませる。視線がこちらに揃うタイミングで、おれは話を切り出した。


私事(わたくしごと)ですが、先日、入籍しました。近いうちに、数日休みをいただきます」


 佐伯くんがぱっと頭を動かし、指輪を見つけて目を丸くする。


「マジですか! おめでとうございます!」


「おめでとうございます、係長」と、安藤さんも祝福の言葉を述べてくれる。


「ありがとう。君たちの休む予定とずらしたいから、決まっていれば早めに教えてほしい」


 安藤さんがうなずく。


「承知しました。何かあれば私が拾いますので」


「助かる。売上総利益(GP)達成率は?」


「今月20日時点で72%まで来てますよ!」と佐伯くん。


「見込み込みで月末105%着地の想定です」と安藤さんが付け足す。


「なるほど、部下が優秀すぎるのも困るね。明日から休んでもいいかな?」


 軽い笑いが漏れる。




 お昼になった。社食で日替わり定食を頼んで、窓際のテーブルに置く。

 スマホには、思歩から 『お昼もちゃんと食べてくださいね』とだけ通知があった。わかってるよ、と苦笑して、スタンプだけ送る。画面を伏せたところで——


「ここ、いいか?」


 返事をする前に、富久(ふく)(たに)課長がトレーを置いて腰を下ろす。箸袋を破りかけて、ふとおれの左手で視線が止まった。


「おっ! 結婚式はいつだ?」


「だから、踏み込み過ぎですってば。他の人にも言ってないでしょうね?」


 笑いながら軽くたしなめると、富久谷課長は苦笑して、眉をわずかに下げた。


「はは、すまない。お前さん相手だとどうにも……。とにかく、おめでとう」


「ありがとうございます」


「式には呼んでくれるんだろ?」


「はい。約束しましたからね」


 課長は割ったばかりの箸で唐揚げをひょいとつまみ、おれの皿に落とした。


「これやるよ」


「……ありがとうございます」


 本当によく踏み込んでくる人だ。さっきの「踏み込み過ぎ」という言い方が、少し頭に残っている。


 ――境界は守るべきだ。それでも、一歩踏み越えないと前に進まないこともある。


 大人になるほど、〈家族〉はアレルゲン表示だらけで迂闊に手を出せないメニューのように感じていた。それは、ある意味では、正しかったのかもしれない。

 

 家族としてやっていくには、細かな調整点が山ほどある。救急時の連絡網、年賀状の宛名、葬儀の席次。人によっては敏感に反応して、体が向き合うことを避ける。


 食物アレルギーは「少しずつ慣らせばいい」と言われがちだが、実際はそんなに単純じゃない。負荷試験を繰り返しても改善しないことだってある。


 だが、問題は、拒絶反応そのものではないのだ。何をどこまで受け入れられるのか、それを自分自身が把握していること。それこそが重要なのだと、ようやくわかった。



 *


 ダイニングテーブルに、ラベルシールと小さなカードが二列に並んでいる。

「非常時連絡カード」と、思歩が油性ペンで書いた。集合場所の欄は〈自宅前〉と〈近くの公園〉。


「どっちにします?」


 どちらかといえば家のほうがいいか。だが迷うほどの違いじゃない――そう思って、つい口が出る。


「おれはどちらでも……」


「『どちらでも』って言う時、実は八割もう決めてたりしません?」


「いや、違うよ?」咄嗟に否定する。

 否定してみたものの、断言できるほどズレてもいない気がしてきた。


「私に迷わせてから、最終的に決めたところに誘導して『はい』って言わせるの、実はちょっと楽しんでるでしょ?」


 決めつけだよ、と笑い飛ばしたいが、相談を始めるときにはだいたい答えを握ってる。これは仮説だ、誘導じゃない。確認だ――そう言い訳したくもなる。


「これはねえ……必要なんじゃないかなぁ? 話し合いが」


「あら。そうですか?」


 結局、緊急時の集合場所は〈自宅前〉にして、小さいカードを財布に差し込んだ。


 たいしたことのない「どちらでも」を、口に出して一つずつ合意に変える。最近ようやく、これが暮らしの段取りであり、家族になる作業なんだと腑に落ちてきた。


 結婚を渋るおれに対して、父は最初こう言った。


「うちは代々、男は家を持って、一人前として通ってきた」


 父が何を言いたかったのかは、いまもわからない。だが、おれなりに解釈すれば、〈一人前の条件〉は、己が半人前だと知っていることだ。


 そのうえで、()()()()()()()と、()()()()()()の段取りを、誰かと一緒に整える。

 父は、それを実現する方法が〈結婚〉しか考えられなかったのだろうと思う。


 人間(ひと)は、一人では生きられない。

 それどころか、一人で死ぬことさえできない。最期を支え、遺体を運び、遺品を処理する。それを家族がやる必要はないが、人手は要る。必ず。


 だから、助けを前提に手順を置く。「どこまで自分で、どこから誰かと」を決めておく。


 半人前だと自覚できるぶんだけ、手順を足せる。準備ができる。家族もまた、そうやって運用していくものだ。


 完璧ではいられない。だから運用で擦り合わせる。話し合う。

 それを続けられる限り、たぶん、大丈夫だ。


 封筒に戻した公正証書——婚前契約書(プレナップ)の正本を、机の二段目にしまう。謄本は思歩が持っている。

 共有カレンダーに、来年の日付で「プレナップ年次見直し」を入れる。保存を確認して、スマホを伏せる。


 段取りは増えるだろう。だが、心は軽い。

 次の見直しは一年後だ。




〈完〉

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