52.カットオフ前夜
いやな予感は当たるものだ。
朝一で輸送モニタリングを開く。ケニア発の到着予定が遅延マークに変わっていた。しばらくして、在庫ボードの安全在庫が黄から赤へ落ちた。
コンテナはシンガポールの港で積み替え待ちになり、日本到着予定が一週間ずれた。
佐伯くんが顔を上げ、窺うようにおれに話しかける。
「これ、まずいですよねえ……」
「まあ、まずいな。――安藤さん、フォワーダーに当たって。仁川経由の振替が可能か、条件だけ確認して」
「承知しました」
「よろしく。私はこれから緊急会議に出る。三十分で戻る」
締切時間は明日に迫っている。
遅延は避けられないが、せめて最小限に抑えなければならない。
日本向けの振替は仁川経由の混載便を想定し、向こうの混載業者と調整する必要がある。
現地支社はあるが、今回は費用の見直しとキャンセル料の再調整、書類の差し替え、在庫の行き先の振り替えをその場で決めなければならない。支社に最終権限はない。
緊急会議を終えて戻ってくると、佐伯くんだけがいた。おれは、席に着きながら声をかける。
「課長はもう出たか」
「ええ、今しがた本部長と一次謝罪へ」
「現地は私が行く。今日中で最短の便を確保してくれ。総務には私の決裁で通していい」
「承知しました」
決裁は昼前には下り、緊急便の発券が終わった。18:40発。
荷物を詰めている暇はない。机の引き出しからパスポートを抜き取り、黒いPCバッグに書類を詰める。羽田までの道順を頭に描きながら、上着のポケットに社員証を収める。
これで足りる。足りない分は現地で買う。
そのまま羽田空港へ向かうモノレールの中で、思歩にメッセージを入れた。
『急ですが、これから韓国に飛びます。二泊三日の予定。遅れそうならすぐ知らせます。』
『了解。気をつけて。』
仁川の天気を確認する。雪は降らないようだ。台風情報も沈黙している。とりあえず、飛行機は飛びそうだ。
天災にあたると機内で足止めを食うこともあるし、天気はいいに越したことはない。
ホテルの場所を確認する。乗り換えは一回、駅から五分。まあまあ。
SIMがまだ有効だ。ローミング設定を確認する。
現地支社の担当は、いま誰だったかな。Slackで情報を拾っておこう。
*
フォワーダーとの調整はうまくいった。ソウル近郊の委託倉庫の安全在庫を引き当て、仁川から日本向けに切り出す段取りまでは詰めた。だが――
「封鎖ですって?」
おれが声を上げると、現地支社の担当は肩をすくめた。その顔色はすでに諦めの境地にあった。
「ええ。X線の警報で保税区画が一時クローズ。安全確認中らしいですね」
税関と空港警察の現場査察。保税区画は臨時封鎖されている。
「やはり、期末前は増えますか」
「ええ」
「再開の合図が出たら、搬入から積み付けまで何分で動けます?」
「二時間ってとこですね。――警備が動けば、ですけど」
確認が終わるまで、人も貨物も動かない。
関係業者の身分確認が続き、現場に足止めされる。
空港のロビーにはスーツ姿の男たちが十人ほど座っていた。みなノートPCを膝に乗せているか、スマホを見ている。
誰もが似た顔をしていた。現場に戻れないが、本社への報告だけは止められない人間の顔。
おれもその仲間入りだ。
待ち合いベンチに腰掛けてノートPCを開き、現地ニュースを翻訳して拾う。
どこも同じ見出しを掲げていた。「保税区画臨時封鎖続行」「安全確認」「調査関係者以外立入禁止」。記事の更新時刻はほぼ同じ。現場写真も、同じアングルを使い回している。
「搭載計画はFix待ち。本社指示を待て」と連絡が入った。
航空券は取り直さず、ホテルに戻って待機する。現地にいるほうが、再開の合図に間に合う。いま帰っても、意味は……
「……」
画面に指を落とす。思歩のトークがいちばん上にあった。
開かない。画面から指を浮かせたまま、十数秒ほど動けなかった。
それ以上考えると取り返しがつかなくなるような気がして、WhatsAppを開く。
臨時グループが立っていた。通知の数がどんどん増えていく。
『確認でき次第報告を』
『本社にも説明が必要』
責任の所在を問うトーンではない。ただ、誰も何も知らないだけだ。
(これは、一日じゃ済まないな……)
フライト予約アプリの画面を開いてみる。翌日、翌々日の便が次々と埋まっていくのを眺める。予約こそ取れるが、いつ飛ぶかはわからない。
画面をブラウザごと閉じる。
フォワーダーは動いた。書類は通った。だが貨物ターミナルのシャッターは開かない。
親航空運送状は切ったが、積み付けが進まない。
それでも、海よりは早い。
任務は上書きされた。貨物を移動させることから、動かない理由の回収へ。
遅延の根拠を持ち帰る。それが今のおれの任務。




