25.ふさわしい相手 ①
とうとうお見合いの日になった。陰鬱だ。
おれの気持ちを代弁するかのように、ぽつぽつと雨も降ってきた。
おれたちは銀座にいた。ベターな選択。あまり駐車したくないエリアだが、今回の〈舞台〉はホテルラウンジだ。
ベタだな、と思わなくもないが、こういう場では〈正解〉がありがたいのも事実だった。
車寄せに入ると、扇形に広がる屋根が雨を完全に遮ってくれる。バレーサービスの係員がまず後部座席に回り、迷いのない手つきでドアを開ける。
着物姿の母が、足を揃えて降り立った。
おれは係員に鍵を渡して、番号札を受け取る。
「よかったわ。ここなら濡れないものね」
「うん。代行も呼びやすいし」
「あら。飲むつもりなの?」
車が奥へ消えていくのを一瞥してからおれは答えた。
「場が許せばね」
なにせ、やる気が出ない。
だが、何かを成すのにモチベーションを引き摺り出す必要はない。行動さえしてしまえばいい。体を動かして慣性で転がり出せば、うまいところに落とすだけでいい。
おれに課せられているのは、礼と敬意を欠かさないことだ。たとえ、自分を分厚く取り繕って、心に蓋をして臨まなければならない場であっても。
それに、〝引きずり出される〟のは、これから現れる彼女も同じはずだった。この席は彼女の祖母が持ち込んだ話なのだから。
ならば、おれだけが被害者の顔をするのは筋違いだろう。
同じように用意された舞台に立たされている二人――真意は知らないが、そう考えたほうが、まだ気が楽だ。
ラウンジには重厚な雰囲気が漂っていた。
大理石調の床、天井は吹き抜けでシャンデリアが吊られている。深い色のソファと低いテーブルが整然と並び、中央には大きな観葉植物が置かれている。
係員に案内され、母と並んで席に腰を下ろす。
しばらく経つと、八重夫人が姿を現した。
淡い色合いの和装に身を包み、堂々とした足取りでこちらへ向かってくる。その隣には、白のセットアップに身を包んだ若い女性が静かに歩を合わせていた。
「お待たせ致しました」
おれと母はソファから立ち上がって八重夫人らを迎える。
八重夫人は悠然と挨拶をした。
「今日は来てくださってうれしいわ。雨で大変だったでしょう?」
母もまたゆるやかに微笑む。
「とんでもないことですわ。お声がけ感謝いたします。こういう日はホテルがいちばんですわね」
その言葉に続けて、おれは礼をした。
「本日はありがとうございます。以前のご提案が、まさかこんなに早く実現するとは」
「この前はお行儀よく逃げてしまいましたものねえ。今回は、そうはいきませんよ?」
「ええ、すっかり観念いたしました。どうかお手柔らかに」
形式的な言葉を選びながら、貼りつけた笑顔のまま、八重夫人の隣に立つ女性へと視線を移す。
落ち着いた象牙色のワンピースに、ごく細いベルト。耳元で小さなパールが光る。髪は低い位置でまとめられている。所作に一分の隙もない。
「はじめまして。桂良木 結栞です。今日はお忙しい中、ありがとうございます」
声もまた、ワインのように澄んでいた。冷たくはないが、適温で制御されたような上品さ。
それは、おれも似たようなものか。心の中で少しだけ自嘲しながら会釈する。
「こちらこそ。お会いできてうれしく思います、結栞さん」
おれが言うと、母がにこやかに続けた。
「では、ご挨拶も済みましたところで。私たちは、失礼いたしましょうか」
「ええ。あとは若い方同士で」
八重夫人が応じ、二人は静かに立ち上がって背を向け、ラウンジの奥へと歩いていく。
後には、おれと結栞さんだけが残された。テーブルの角をはさんで斜めに向き合うかたちで座っている。
──まあ、酒は飲めなさそうだな。
ホテルマンの手で注がれる紅茶を前に、そう結論づける。
今回のアフタヌーンティーは二時間制。「お開き」のタイミングも作りやすい。
だからだろうか。この場に流れる小さな緊張感には覚えがある。客先との商談や出張先での顔合わせ。その時の空気とよく似ている。
それならば、別に気負う必要もない。
「改めまして、鷹津 時仁です。どうぞ、よろしくお願いします」
敬意を欠かさず、礼を崩さず、堅苦しすぎず。
そうやって場を回すのは、得意なほうだ。




