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第六話


 二年前。小さなバーで。ウィスキーのロックを前に。


 話しながら、レジーは、人差し指をグラスの中に入れた。グラスの中の氷に少しだけ触れ、クルクルと指を回す。回る氷の周囲で、ウィスキーが小さな波を立てていた。


「俺は、ずっとママを忘れられなかった。ママが殺されたことが、ずっと胸に刺さり続けた。どんなに大人になっても、どんなに強くなっても、ベルトを手に入れても、周囲に人が集まるようになっても、妻と結婚しても、息子が産まれても――」


 苦々しい、レジーの横顔。


「――それでも、ずっとだ」


 やがて、薬物使用で逮捕され、タイトルを剥奪された。


 栄光や名誉を失っても、レジーは、薬物から手を引けなかった。薬物があれば、幼い頃から心を蝕む傷を、一時(いっとき)だけでも忘れられた。幸せなことだけを思い出せた。


 ママの仕事が休みの日は、狭いベッドで一緒に眠った。おやすみのキスをしてくれた。朝起きたら、おはようのキスをしてくれた。昼間に手を繋いで、一緒に買い物に出掛けた。

 

 薬物のおかげで。薬物のせいで。ママが殺された事なんて、夢だと思えた。


 あるとき。レジーは、薬物の過剰摂取により生死の境を彷徨った。病院に搬送され、数日意識が戻らなかった。


 一命を取り留め、意識が戻ったとき、側にいたのはママではなかった。


 妻だった。


 レジーが意識を取り戻したことを、妻は泣きながら喜んだ。喜んでいたが、怒ってもいた。怒っていたが、悲しんでもいた。


 妻は、泣きながらレジーに訴えた。


『私や息子の存在は、あなたの人生に幸せをもたらさないの?  私たちじゃ不十分なの? 私達を残して、ママのところに行きたいの?』


 過去の話をしながら、レジーは、グラスの氷から指を離した。氷が溶け込んで冷えたウィスキーを、一気にあおった。グラスから口を離し、フウと息をつく。


「目が覚めたんだよ。女房に気付かされたんだ。俺はもう、ママの帰りを待ってる八歳のガキじゃねぇ、ってな。守るべき女房がいる夫で、守るべき息子がいる父親なんだよ」


 だからレジーは、薬物を克服できた。ひどい禁断症状と戦い、暴れ、苦しみ、ときには子供のように泣き叫びながら。


「ママは、俺のために生きてくれた」


 氷だけ残ったグラスを、レジーはテーブルに戻した。氷とグラスがぶつかって、カランと音を立てた。


「だから俺は、ママみたいに、家族のために生きるんだ」


(続く)

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