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第一話

※いでっち51号様の『アメリカになろう』企画参加作品です


 カランッカランッ。店のドアを開けると、ドアベルが澄んだ音を立てた。


 午後十一時。


 試合を終えたその足で、トッド・ステアーズはこの店を訪れた。セントルイスに遠征に来る前から、一度行ってみようと思っていた店だ。


挿絵(By みてみん)


 身長が二メートル近くある、金髪碧眼の男である。私服でも、全身の筋肉が目立つ。職業はMLB投手。いわゆるメジャーリーガー。最多勝と最多奪三振のタイトルをそれぞれ二度ずつ受賞している実力派だ。とはいえ本人は、最近、少し気に食わないことがある。日本から来た怪物と呼ばれる選手に、話題を(さら)われている。それが面白くない。


 トッドの傍らには、恋人であるセラ・ローレン。トッドと並ぶとバランスがいい長身。金髪にグレイの瞳の美女。表情の変化に乏しいその瞳は、周囲を観察するようにゆっくりと動いている。


挿絵(By みてみん)


 二人が足を踏み入れた店。ミズーリ州セントルイスにある、少し小洒落た外観の建物。


『アメリカン・ダイナー/アフタヌーンティー』


 店名が、そのまま目的になっている。昼間はケーキと紅茶が楽しめる店。午後七時くらいを目処に、バーになる。とはいえ、夜でもケーキは提供しているのだが。


 店内はバーの時間。不快にも不安にもならない薄暗さと、落ち着いた雰囲気が漂っている。カウンター席の奥には、マスターとおぼしき男性。傍らには、マスターと同年代と思われるウェイトレス。


 この店のチョコレートケーキに合わせてマッカランを呑もうと、トッドは来る前から決めていた。チョコレートケーキにほどよく合う、シングルモルトスコッチウィスキー。セントルイスはバドワイザーで有名だが、ビールを呑むつもりはない。


 店内にはカウンター席が七つ。六人がけのテーブル席が五つ。


「セラ」


 入り口のドアを閉めると、トッドはセラの名を口にし、店内を顎で指した。無言で彼女に訊いた。テーブル席とカウンター席、どっちにする?


 当たり前だが、言葉にしなければ意思は伝わらない。けれど、セラは違う。彼女は観察が趣味のような女だ。シンガーソングライターであり、ステージでは、客の様子に合わせて必要なアレンジを要所要所で加える。それが非常にウケがいい。


 トッドの意図を、セラは正確に察したようだ。トッドの腕に自分の腕を絡め、カウンター席に向かって歩き出した。


 七つあるカウンター席は、六つ空いている。埋まっているのは、壁際にある一番右端の席。スーツ姿の男が座っていた。トッドからは後ろ姿しか見えないので、どんな男かは分からない。分かるのは体格だけ。身長はトッドの親友と同じくらいで、横幅はその親友よりもやや太い。とはいえ、席に座っている男が太っているわけではない。トッドの親友が痩せていたのだ。


 セラと並んでカウンター席に腰を下ろした。左隣に彼女。トッドは、右端から四番目の席。


 早速マスターに注文をした。セラも同時に注文する。彼女が頼んだのは、ジンジャーハニー・ホットトディだった。温かく喉に優しいカクテル。


「機嫌が良さそうね、トッド」


 頬杖をついて、セラが見つめてきた。綺麗な顔立ちに、色っぽい仕草。全てを見透かすような目。珍しく、口角が少し上がっていた。顔を合せるたびに「いい女だ」と思わせる女性。それは決して、外見だけの話ではない。トッドにとっては、世界一の女だと断言できる。


「そうか?」

「ええ。でも、私に会えたから嬉しい、ってわけでもなさそう」

「……あ」


 図星だった。


 もちろん、こうしてセラと一緒に過ごせるのは嬉しい。結婚の話も出ていて、今シーズンが終わったら本格的に進める予定だ。


 けれど、セラの言う通りだった。トッドがいい気分になれたのは、セラに会っているからだけではない。


「そういえば」


 思い出したように、セラが呟いた。


「あなたの今度の遠征先、クアーズ・フィールドだったものね」


 コロラド州にある、クアーズ・フィールド。


「あそこならアルバカーキに近いから、立ち寄れるものね」


 トッドは苦笑した。セラの観察眼は本当に凄い。浮気でもしようものなら、簡単にバレそうだ。


 注文した品物がきた。セラはジンジャーハニー・ホットトディ。トッドはチョコレートケーキにマッカラン。

 

 トッドは、チョコレートケーキにフォークを入れた。ケーキの五分の一ほどをフォークで切り分け、口に入れる。口内に広がる、絶妙な甘さ。甘さを引き立てる、ほどよいカカオの苦み。ケーキを飲み込む前に、マッカランを流し込む。チョコレートの味とマッカランのフルーティーな香りが口の中で溶け合う。試合で疲れた体が、至福を感じている。甘さと温かさが、体の末端まで流れてゆくような感覚。


 口の中のケーキとマッカランと飲み込むと、トッドは、小さく息をついた。つい、口元が緩んだ。


「久し振りにレジーに会ってくるよ」


 レジー・タピア。トッドの親友で、ニューメキシコ州アルバカーキ出身。元プロボクサー。元WBO世界Sフライ級(50.8㎏~52.16㎏)チャンピオン。


「貴方達、本当に仲がいいわよね」


 言われて、トッドは軽く笑った。


「まあ、出会いは最悪だったけどな」


(続く)

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