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12 だんだんと富士額は広くなっていく

 囲炉裏(いろり)にいる時間の方が長くなってきたと思う。

 ゼンマイやクォーツで費やす時間ではない。佐和子の中のヒタヒタする時間がだんだんと婆ぁたちとの囲炉裏の前で長くなっていくのだ。

 このまま婆ぁたちのようになっていくんだろうと、佐和子は思う。富士額(ふじびたい)がますますくっきりしてきた額は、おでこと呼んでもいいくらい大きな丸みを帯びている。股下ギリギリまでの太股を晒すのはJKだからなんてことぁないけど、生際(はえぎわ)の中央の逆三角(ぎゃくさんかく)から伸びた小さなほつれ毛を見つめられるのは、存在を消してしまいたくなるほど恥ずかしい。

 羽化したばかりの蝶々の植毛のように恥ずかしい。


  そこの、眉毛よりも細いその1本を見つけると、婆ぁたちは遠慮会釈なく抜いていく

  毛抜きなど使わずに藁仕事(わらしごと)でしめらせてた指の腹で、迷わずその一本だけ抜いていく


 そのときに、食われるかと怯む(ひるむ)ほど近いづいてきた婆ぁの顔が一瞬だけ、あの女(あのひと)に変わる。

 千年の時が、さっきまで背中合わせの中にあったのは覚えてる。

 むかし緞子の重み(どんすのおもみ)撫で肩(なでがた)になった婆ぁも口唇(こうしん)(べに)を一度としてさせなかった婆ぁも、むかし余所の子守(よそのこもり)の赤子は嫌というほど抱いたのに己れの身体からは同胞を送り出せなかった婆ぁも、むかしさんざ嬲りもの(なぶりもの)して男女のこと(だんじょのこと)から追い祓われた(おいはらわれた)婆ぁも、

 その中に、あの女(あのひと)の芯がある。あの女(あのひと)の芯から婆ぁたちは出来上がってる。きっと、わたしの中にも入ってる。そこの手を充てて見てみる。

 わたしの中の芯は、きっとこの富士額。女のものの詰まった下腹の奥ではないような気がする。きっと、星砂よりも小さな白い貝殻の片が、そのたった一粒がシャコガイの内壁を司るようにわたしの内壁を守り育んでくれている。


 ばぁたちだって、初めから婆ぁだったわけではない。きっと、わたしみたいに、先輩の婆ぁたちのいやらしい目にさらされてだんだんと乗り移られるように婆ぁになっていくのだ。

 でも、それが、けっして嫌にならない。

 哀しいとか切ないとか身悶えだるだとかのネガティブな感じは起こってこない。俯瞰で自分が見えていたら嫌だけど、自分の中のことだから、見てくれが良くないからって切り捨てる発想が生まれるようなことがらじゃないから。そうした感情は芽生えてこないのだ。

 きっと、口と胃袋だけだったアオムシが蛹の中(さなぎのなか)のドロドロを経て羽化していく感じが一番に近い。ドロドロになって口と胃袋だけでもなくなったアオムシのきのうは一昨年のきのうも千年むかしのきのうも昨日のきのうもきのうに違いはないような感じ。

 コスタリカにいるような大きくて眩しくて一匹だけでインテリアの標本箱を飾るのに十分な蝶々でなくていいの。でも十分な大きさはほしい。婆ぁたちのいやらしい目にさらられた真っ赤な恥ずかしさ(まっかなはずかしさ)だけをお腹いっぱい食べて、膨らんで、蛹になるの。奄美にいるオオミズアオくらいの両手を拡げて40センチはほしい。ミノムシやお蚕さまも交尾と産卵のステージのために特化した身体になるけど、インテリアで飾って貰わなくもいいから、同じサイズの標本箱に入って、そのときを待っていたいから。

 標本箱の木の材質はこだわらないけど、張るのは板ガラスにしてほしい。アクリルや強度が良いからとポリカーボネートは使ってほしくない。

 持って貰ったときに、強度の心配がないからって、乱暴にはしてほしくないから。

 そして、ガラス板を通した箱の中の右下に貼るラベルには、わたしを捕まえた場所だとか生きててときのわたしの特性だとかは書いてはほしくない。

 名前だけ、あなたが付けた名前だけを、漢字でもひらがなでも、もちろんアルファベットでもなく、カタカナで書いてほしい。

 漢字には意味が宿るから

 ひらがなだと何かの説明に聞こえるから

 アルファベットは出逢うこともない他人を思わせるから

 

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