10 やっぱり
「佐和子。おまえ、父さん見たとき、やっぱりって言ったよな」
葬儀葬祭のその他にものもろが片付いて、「これからいろいろ出てくるから、誰かひとりが残らねば」のコータローを残し、私たち親子三人は次の朝パパの車で帰ることになった。
その日の朝の出口でコータローはわたしひとりを呼んで、サーワでなく、佐和子でわたしを促す。コータローの口から零れたように出てきた佐和子をわたしは足元に落とさないよう受け止める。
掌にサーワでない漢字一文字づつの佐和子の調べを感じる。それをしていた自分にドキッとする。向こうからの圧を感じる、コータローひとりの口からでない重層したユニゾンの圧を。「やっぱり」が効いているのだ。
曾祖父であるそのひとの協和服で身を覆った遺影は格好いい、やっぱり、イケてる。
コータローの後ろの遺影に写ってるひとは、勲章だのそれに模したバッジだのの飾り物はつけてはいない。もしあったとしても、「これから、肖像写真撮るから」の声が聞こえたら、わざわざそれを外してドレープな艶のある協和服のシックで正装したコータローのパパ、わたしの曾祖父だったそのひとから送られている。亡くなってからふたたび存在が現れ、青森までやってきた子孫三代の渦中になってるひとの遺影は、やっぱりイケている。
ほぼほぼ100年前の満洲国建国のあとすぐ満州国のお偉いさんたちが流行らせた協和服、その2年後に内地のお上が真似っこした国民服がメジャーだけど、オリジナルの発祥はこっちだったって分かったから、それは安心して。
そんなのまで飲み込んでたら、あんなに遠かったイケてるひとが一周回って、いつもみたいな感じで隣にもたれてくる。齢の大きさもコータローのパパもない感じ。
コータローも一周回って同じなんだろうなと思ってたら、「零したのだから、最後だから」と、飾りの言い訳は続けず、あとは予めをお復習いするように「ほんとうの形見はこれだけだから。これは佐和子、おまえだけのものだから、大切に、そのときがくるまでは開けずに持っていなさい」と、厚ぼったい懐紙に包まれてた薄っぺらなものをスマートフォンをケースから外させその中に押し込む。
2かける5の紙片を二つ折りしただけだから、スマートフォンには違和感は起こらない。「いまのひとは、これを置いて生きることはないというのだから」、肌身離さずをの隠しにはピッタリだと、すこしだけ口角を上げる。
車の中のパパとママは普段通りに世間に溶け込んだパパとママを演じてる。
コータローのいろいろを、パパもママもこうしたとき年寄りが使うそれとしか受け取っていないのだ。きっとわたしがそれを告げても、年寄がするオオカミ少年の「大仰」くらいにしか届いてはいないのだ。
祖父の役割を何一つしなかったコータローとはこれが今生の見納め、ほんとうの別れ。そしてはじまり。
遺影の曾祖父は、やっぱり協和服に包まれてたひとだった。
国民服に似ているけど、あの時代の生真面目な内地とはズレてたドリーミングな満州国協和会のお偉いさんたちが拵えたものだから、礼装にも耐えるステッチが施されてて、遺影にするなら国民服より洒落ている。
男装の麗人と呼ばれた川島芳子も、あんな胸元から白シャツにタイを覗かせるナチスもどきの軍服より協和服でとおしていたら、胸の膨らみがドレープを残したまま隠れて呉れて、諜報活動はもっとエレガントにいったはず。
曾祖父の遺影の後ろに隠れてる媼たちが、姦しく囁く。
声はみんな一緒、齢は違っても元の身体は一緒だから。
パパを生むと蒸発したコータローの連れ合いだった女ばかりでなく、曾祖父の連れ合いだった女も対面した母君だったときの面影をひとつに収めて、もとは一緒の身体だから口元乱さぬ調べでそう告げる。
身体は同じ女のままだもの。齢の異なる魂が連凧のように延々が続いてる。
凧揚げと同じ凧だけど、ぺらぺらの薄さはない。
切ったら血の出る躯はないけど、ちゃんとしたドレープ掛かった女をしてる。膨らませたドールのような明るく艶やかな肌に煌めいてる。
ママも死んでしまったら、躯に変わってあの連凧の中に入っていくんだろうな。生きてこうしての一緒から、あんな風に、いつかあんな感じでくっついていくのが見通せるから、きっと不思議。
不思議だけど異和はおこらない。
若くして死んでしまっても年寄りで死んでしまっても、行き着く先は姦しく艶やかな媼なのだから。




