3 広がる疑惑
プリメディーナが、パチクリと数回瞬きをしてから、小さく頷く。
「国の未来を思って、自身の不利益を耐えるなんて、立派な心掛けだと、称賛に値しますわ。国を回すには、多少の不平不満は避けられないですもの。心強いですわね」
彼女の言葉に、衝撃を受けたのは下位貴族の一部。プリメディーナなら、被害者の献身に、心を痛めてくれると思っていたのだ。
それが、下位貴族なら我慢するのは当然だとでも言うような意見に、不満を感じ、もしかしたら冤罪じゃないのでは?と、僅かな空気がそこから漏れ伝わり、下位貴族の中にじんわりと広がっていく。
アルデミアンが頷き返し、毅然とした表情で言う。
「本当に、心強く思うよ。全ての者を幸せにする事が目標であるが、意見の対立がある以上、どうしても不平不満は出てくる。
だからといって、目の前で怯えている者を見逃す事も出来ぬ。
それに、本人の努力では変えられぬ生まれの差で、相手を侮るなど、視野が狭いと言うしかない。令嬢ならば、婚姻で逆転する可能性があるだろう?
婚約確実と言われている私と君も、どうなるかなど分からないだろう?」
最後の言葉の瞬間、傍聴側が息を飲んだ。
後方に居る下位貴族の令嬢達は、落ち着きなくなり、隣の者と小さく囁き合う。主に、「まさか婚約破棄?」と、アルデミアンが壇上で婚約破棄を叩きつける事を期待している声だ。
昨今、婚約者を断罪し、婚約破棄を叩きつける物語が流行っているのだ。
流行っている話は、幼い頃に結ばれていた婚約を、社会情勢の流れで乗り換える為なんて理由はなく、イジメ等の非道徳や、暴行を示唆した等の悪行を理由に、衆目の面前で、婚約破棄を叩きつけ、被害者であった貧乏令嬢に愛を誓うという物だ。
その為、上位貴族の令嬢間では流行っていない。婚約の重要性は身に染みているからだ。素行の悪さを理由に婚約破棄など、出来る筈がなく、家の繋がりが優先されると。よほど目に余るとしても、書面のやりとりの後、ひっそりとだ。
例え相手に非があろうと、衆目の面前で婚約破棄をすれば、思慮不足として見られるからだ。
広まった不満と疑惑も伴い、下位貴族達はそんなありえない物語を期待したのだ。
裁判長が一つ咳払いし、アルデミアンに注意をする。
「裁判に関わりのない会話は控えて下さい。告発理由は以上ですか?」
「以上です」
アルデミアンが答えれば、裁判長は木槌を鳴らし、休憩を告げた。
壇上から左右にアルデミアン、プリメディーナが、従者と共に消える。それぞれ舞台脇に控室がある為だ。
黒ローブの3人は壇中央にある階段から、下に降りる。
そこには執行委員の書記課の生徒が居て、裁判記録を作成していた。脇には実務課の生徒がおり、他の生徒が近付けないように睨みを利かせている。当然、実務課は騎士希望の屈強な生徒達だ。
執行委員が揃って移動し、大ホール内の控室へと向かう。
他の生徒は、大ホールから一旦出て、公爵家の令嬢令息と、その従者の生徒はホールの庭にある温室へ、他の生徒達は隣の建物へと案内された。そこは普段運動施設として使われている所だ。
普段はないテーブルと椅子が並んでおり、端には飲み物、軽食が用意されてあり、給仕の者が立っている。
それぞれが集まり、自身達の興味の向くままにしゃべりだす。
高位貴族の間では、アルデミアンの次の婚約者の予想だ。
有罪と判決が出ても、プリメディーナにとって痛手にならない。侯爵家の生まれで、隣国の王家の血も入っており、一人娘。学園時代のイジメなどで、揺らぐほどの立場ではない。
そして、プリメディーナが無罪になろうとも、原告としてアルデミアンが訴えた以上、信頼関係を再構築するのは難しく、プリメディーナの家も黙っていない。このまま婚約という訳にはいかないだろう。というのが共通認識だ。
名前が上がっているのは、プリメディーナの家の反対派閥の令嬢達の名。他国からの輿入れの可能性をそれとなく示唆する者も居る。
それぞれが自身の集めた情報を仄めかし、互いの情報収集能力を誇示していた。
下位貴族の間では、プリメディーナが有罪か、無罪かが主な話題だ。
あり得ないと、彼女を信じる言葉もあるが、先ほどの下位貴族を見捨てるような発言から、有罪の可能性が高いかも知れないという意見が多くなっている。
主な理由は、加害者として壇上に居るプリメディーナを見て、被害者が別人だと指摘しなかった事だ。
加害者を誤認しているのだろう。とプリメディーナを信じていた者は多かった。
それが、今やすっかり少数意見だ。
本当の加害者から報復されるのを恐れているのだろうというのが、少数派の意見だ。
だが、王太子アルデミアンが告発した時点で、被害者は彼の庇護下に入ったも当然で、加害者に報復される可能性はない。
婚約者同士の対立などという、穏やかなならぬ状況を放っておくのも、アルデミアンがそれだけの確信があるからだろうと、鼻息荒く言う生徒も居る。
下位貴族の中で、プリメディーナの有罪はほぼ確定となって来た所、高位貴族の生徒達の話題が、プリメディーナの次の婚約相手の話題に変わった。
父方の縁者、母方の縁者、有力家門の者。色々な名前が出揃った頃、侯爵令嬢が扇子を広げ、優雅に微笑み、
「3日前に、家紋の入ってない馬車の来訪があったようですの。おそらく、既に次の方は決まっておられるのでしょうね」
と、他の生徒達より情報を持っているのだと、暗に告げた。
途端、令嬢達は出遅れた事に内心歯噛みし、令息達の一部がざわめく。
侯爵家、伯爵家の令息達の中で、家を継げない者達は、隙あらばと、プリメディーナの婚約者の座を狙っていたのだ。
候補者より、有益な所を提示出来れば、可能性もあるだろうと。
だが、既に決まってしまっていては、彼らにはどうする事も出来ない。
どこかの王族であるとか、大きな利権を持っていれば別の話だが、そんな物があれば、すでに彼らには婚約者が居るか、打診が来ているのだ。
どこの家なのだろうか?と、興味はそちらへと向かう。当然、プリメディーナと親しくしている生徒に質問をする者もいるが、「私の口から申せる事はありません」と微笑むだけ。
そんな会話を盗み聞きした下位貴族の面々は、これは有罪確定だとざわめく。
有罪判決になっても痛手にならない事に不満を示したり、だからこそ告発内容は事実なのだろうと囁きだす者も出てくる。
プリメディーナを信じる者は劣勢になり、声を発する事さえ難しくなってきた。
「プリメディーナ様の外見に騙されたよな」
「下位貴族なんて視界に入るなて、無茶言うよな」
とうとう、不愉快げに文句を口にする者も出てきて、その波はあっという間に下位貴族の生徒を飲み込んでいく。
「殿下が人伝に知ったて事は、誰かが執行委員に伝えたんだろ?誰か証言出来ないのかよ」
「被害者を俺達で守ろうぜ。有罪になったら、安心して名乗り出られるだろ」
「似たように困ってる子が他に居るかも知れないしな!」
被害者が王家の庇護下というのも手伝い、下位貴族の令息達は結束していく。